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「弓弦君……どうしてここに?」
「それはこっちのセリフです。こんな寒空の中傘もささずに雨に打たれるなんて、何を考えてるんですか。風邪ひきますよ」
弓弦は呆れたようにため息をつくと、躊躇いもなく自分の傘を雪之丞に差し出して来る。
「え、いや……これじゃあ弓弦君が濡れちゃうよ」
「私は大丈夫です。そんなヤワな身体してませんよ。……それに……」
「それに?」
「……いえ、何でもありません。とにかく、行きましょう。送っていきますから」
雪之丞が首を傾げると、弓弦は苦笑いを浮かべて誤魔化す様に視線を逸らした。
「え、いや……でも、流石に悪いよ」
今をときめく有名人に傘を貸して貰った上に家まで送ってもらうなんて、そんな贅沢、彼のファンから怒られたらブーイングの嵐だろう。
それに、今日は出来れば一人にして欲しいというのが正直なところだった。
「遠慮しないで。マネージャーの車、すぐそこなので」
指さす先には路肩にハザードをたいて停車している黒塗りの車が見えた。
もしかして、一人でいる自分に気付いてわざわざ車を停めてまで声を掛けてくれたのだろうか?
だとすれば、これ以上断るのは逆に失礼かもしれない。
「ごめん、ありがとう」
雪之丞は申し訳なく思いながらも素直に好意に甘える事にした。
「別に謝る必要はありませんよ。それより、ほら、乗って下さい」
恭しく後部座席を開けて促され、観念した雪之丞は恐る恐る車に乗り込んだ。
車内は意外に広くて、シートはふかふかしているし、座席も広い。イケメンは車の中までなんだかいい香りがする。
しかも何故か、車の中に可愛らしいウサギや熊のぬいぐるみが積まれているのが意外だった。
車の中は暖房がきいているのかとても暖かくて、冷えきっていた雪之丞の身体をじんわりと温めてくれる。
「気休め程度にしかなりませんが被ってて下さい」
ふわりと頭から温かいブランケットを被せられて、思わず雪之丞は顔を上げた。隣に乗り込んで来た弓弦は自然な動きでぬいぐるみを膝に置き、視線に気付くとハッと我に返った様子で慌ててそれを後ろの荷物置きに放り投げた。
もしかして、ぬいぐるみが好きなのだろうか? それともこのキャラクター?
どちらにせよ、イケメン俳優のなんだか可愛らしい一面が見れた気がして、なんだかほっこりする。
「……勘違いしないでくださいね。ここにあるものは全てファンの子が持ってきたものであって、けっして私の趣味じゃ無いですから」
「え、あ……そう、なんだ……」
まだ何も言っていないのに、わざわざ申告しなくても。ふいっと視線を逸らし、窓の外を眺める弓弦の言葉を聞いて、運転席にいるマネージャーさんがくすっと小さく笑うのが見えた。
「でも、可愛いよね。特にこの黒っぽいウサギ。垂れてる耳が凄くいいと思う」
静かな車内でずっと黙っているのもなんとなく気まずくて、取り敢えず目に付いたぬいぐるみを指さすと、弓弦がハッとしたように顔を上げた。
「もしかして、アニマルフレンズ知ってるんですか?」
身を乗り出すようにして聞いてくる弓弦の顔はどこか嬉しそうで、見た目のクールなイメージとは随分かけ離れている。
普段の彼は何処か一線を引いていて、あまり感情を表に出したりしないのに、こういう時は随分と幼く見えるから不思議だ。
「うん、友達が好きでよく見せてくれてたから」
「そうだったんですね。じゃぁ、あげます」
「えっ、いやいいよ。だってこれはキミが貰ったものなんだろう?」
「大丈夫です。沢山ありますから」
「でも……」
そう言われても、やはり簡単に貰っていいものではないし、ましてや彼程有名な芸能人が持っているものを譲ってもらうなんて……。
「私がいいと言ってるんです。それに……ろっぷちゃんがいれば少しは気が紛れるかもしれないでしょう?」
「――え?」
「すみません。さっき、貴方が暗闇で泣いているところを見てしまって。……あのままほおって置いたらどこかに消えてしまいそうな気がしたんです――」
「……」
そう言えばさっき、蓮にも似たようなことを言われた。自分はそんな風に見えていたんだろうか?……確かに今は酷く心が不安定になっているけれど……。
何も言わずに黙り込んでいると、弓弦が黒ウサギを雪之丞の膝に押し付けて来た。
「……受け取ってください。きっと何かの役に立ってくれると思うので」
「……わかった。大事にするよ」
流石に此処まで言われてしまっては、無下に断るわけにもいかなくて雪之丞は苦笑しつつそれを受け取ることにした。
貰ったぬいぐるみを抱きながらふと窓の外に視線を移せばいつの間にか雨は止み、雲間から綺麗な星たちと月明かりが見え隠れしていた。
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