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「ロザリー、来ると思ったよ」

「……クラッセル子爵」


ルイスがいる客間へ向かう途中、クラッセル子爵と鉢合う。

これは偶然ではない。

クラッセル子爵は私がここに来ることを予測して、待っていた。


「ルイス君の部屋はここではないんだ」

「そ、そうなのですか」


クラッセル子爵が立っているのは、客間の前。

前回ルイスが宿泊したところだ。

てっきり私はここだと思っていたので、伝えてもらったのは助かる。

でも、そのことを私に伝えるために待っていたわけではないだろう。


「マリアンヌから、それを受け取ったね」

「はい。あなたがルイスと会うことを認めてくれたと思っていたのですが……」


クラッセル子爵は私が手にしている瓶に視線を落とす。その中に何が入っているか知っているし、もちろん使い方も知っているだろう。そして、私が一度使ったことがあり、相手がルイスだということも。

私が答えると、クラッセル子爵はため息をついた。


「君たちも、もう大人なんだね。六年なんてあっという間だ」

「その、私は――」

「トキゴウ村でのことは……、君が口にしなくても雰囲気で分かったよ。ルイス君の態度の変わりようが、ね」


クラッセル子爵はルイスの私に対する態度の変化で悟ったらしい。

流石、私たちに近づく異性を尋問にかける人だ。些細な変化も見逃さない。


「忠告してくださったのに……。その、ルイスに好きと告白されて、口づけをされたら……、止められなくて」

「それで、君の音楽科への進路を台無しにされたら、僕はルイス君を懲らしめていたが……、何もなかったようだからね」


私はそう言われて、腹部を軽くさする。

トキゴウ村での出来事から一か月。

数日前に月ものが終わったばかりで、私に兆候はない。


「だが、その心配もする必要がなくなった」

「それは、どういう――」

「僕は君の養父、つまりは保護者ではなくなったからね。君がルイス君と今夜なにをしようが、その結果どうなるか、僕には関係ないことなのさ」

「あっ」

「だから、あの時の話の続きをしにきた」


あの時、それはルイスとの外泊を認めてもらう時に話したことだろう。

クラッセル子爵は、故クラッセル夫人のことについて悔やんでいた。愛し合ったことで、夫人の人生を奪ってしまったのではないかと。そのような思いを私にさせたくないと語っていた。


「僕のあの話は、ロザリー、今の君には関係ないことだ」

「クラッセル子爵……」


クラッセル子爵の一言に、胸がきゅうと締め付けられた。

今の一言は『娘ではない』と告げられたも同然だからだ。

もうクラッセル子爵とは親子ではないが、再び面と向かって言われると苦しい。


「だから、君には伝えておかないといけない」


クラッセル子爵はここで息を深く吸った。

そして、吐くと同時に私に伝えたい、大切な話を始める。


「今のロザリーとルイス君の状況は、昔の僕と妻の状況によく似ている」

「あっ」

「僕はピストレイが気まぐれに育てた、ただの平民で、妻はタッカード公爵の娘として沢山の縁談があった。彼女との結婚なんて、ヴァイオリンの演奏技術だけではどうにもならなかった。それでも、僕たちは二人だけで愛をはぐくんだ。トルメン大学校の中で、密かに」

「……」


私とルイスも一年間、密かに文通のやり取りをするのだろう。

誰にも見つかってはいけない。禁断の恋。

どうして今になって、クラッセル子爵が昔話をするのか。

私は黙って彼の話を聞く。


「だが最終学年、夏季休暇が明けた時に妻の婚約者が正式に決まった。学校に帰ってきた時の妻は泣いていた。一緒になれないのだと。僕と別れるのは嫌だと」


計画が失敗したら、きっと私も同じ道をたどる。

クラッセル子爵と夫人がそうはならなかったのは、彼が私に話したいのはこの先のことだろう。


「だから、僕たちは決断した。その後は……、もう知っているよね」


そのあとの結末は知っている。

夫人が在学中にマリアンヌを身ごもり、トルメン大学校を中退したこと。夫人との安定した夫婦生活を送るために、ピストレイから”クラッセル”という家名と”子爵”という爵位を譲り受けたことを。


「追い詰められての、決断だったのですね……」

「手段の一つとして、胸に留めてほしい」


あくまで、クラッセル子爵と夫人の行動は手段の一つ。

同じ道を辿れと言っているわけではない。

今夜、その決断をしてもクラッセル子爵は目をつむると遠まわしに助言しているだけなのだ。


「お話してくださり、ありがとうございました」


私はクラッセル子爵に感謝の言葉を告げ、頭を深く下げた。


「……ルイス君は演奏室の隣の部屋にいる」

「えっ!? そこは――」


別れる直前、クラッセル子爵はルイスがいる部屋の場所を教えてくれた。

演奏室の隣、そこには一室ある。

しかし、子爵と掃除をする限られたメイド以外、立ち入り禁止なはずだ。


「クラッセル子爵と夫人の寝室では!?」


その部屋は二人の寝室だった。

家具も当時のまま置かれており、クラッセル子爵の思い出が詰まった部屋だ。

昔、マリアンヌがいたずらで忍び込んだ時は、こっぴどく叱られていたのを覚えている。

独り身となったクラッセル子爵は、現在、執務室にベッドを置き、そこで生活している。

そんな場所にルイスを入れたなんて。

私はその事実に驚きを隠せない。


「ここにルイス君を通したら、隣の部屋にいるグレン君が気の毒だと思ってね。今回は特別だよ」

「……」


クラッセル子爵は先のことまで考えてくれている。

もし、ルイスの部屋がここだったら――、翌日、隣の部屋にいたグレンの顔を見れない。

恥ずかしさが増し、私の両頬に熱が帯びる。

夜で、廊下が薄暗くて助かった。

真っ赤になって恥じらっている私の顔をクラッセル子爵に見られなくて済んだから。


「ルイスの所へ、行ってきます」

「うん。お休み、ロザリー。また明日」

「おやすみなさい」


クラッセル子爵に夜の挨拶をし、今度こそ私はルイスがいる部屋へと向かった。

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