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そのロイヤルなレディは、名前をブルニルダさんと言った。
……おっと。おそらくは王族だから、ブルニルダ様……と呼んだ方が良いのかな?
レオノーラさんは普通に『さん』付けだったけど、エミリアさんを介しての関係があるからね。
初対面の王族の方であれば、ここはやっぱり『様』付けだろう。
ちなみに年齢は30歳を少し過ぎたあたりとのこと。
しかし、年齢を感じさせない美貌を保っていた。
「――最近、乾燥肌が気になって」
「そうなんですか。やっぱり気になるものですよね」
「アイナさんの乳液も、とても良いんだけどね。
つらいときにはあと少し、何か物足りないの……」
さすがに高品質とはいえ、私の作るものは、理由が無ければ何かに特化しているということはない。
それに不特定多数に売る場合は、汎用的のものの方が好ましいのだ。
しかし特定の個人に売るのであれば、その人に特化したものの方が明らかに良いだろう。
「成分を調整して、乾燥肌を抑えやすくも出来ますよ。
他の効果が少し落ちるので、そこは使い分けて頂ければ問題ないかと思います」
「あら、良いじゃない。
ちょっと試してみたいけど――アイナさんのお店は、もうやっているの?」
……ああ、そっか。
王族の方々からは、お店がいつ開くかをよく聞かれていたんだっけ。
ダグラスさんも、何回もボヤいていたそうだしね。
「申し訳ありません、まだ未定でして……」
「そうなの、残念だわ……。
また依頼を出しておくから、早急にお願いできる?
良いものがあるって分かったら、できるだけ早く試してみたいし」
うん、その気持ちはとても良く分かる。
しかし期待だけさせて待たせてしまうのは、やっぱり申し訳ないから――
……このお城の中で、一瞬でも安心をくれた恩。
いや、それくらいでも恩と言うのかな?
まぁここはいっちょ、ぱぱっと作ってあげよう。素材も安いものばかりだしね。
それじゃ、れんきーんっ。
バチッ
はい、完成っと。
「ブルニルダ様、ちょうど1つだけ持ち合わせていましたので、よろしければ使ってみますか?」
私は出来たてほやほやのポーション瓶を出しながら、同時に鑑定のウィンドウを宙に映した。
──────────────────
【乳液・高保湿タイプ(S+級)】
肌に潤いを与える。
保湿能力が高め
※追加効果:潤い×1.5、保湿×1.5
──────────────────
「あら、アイナさんって凄い!
鑑定スキルと収納スキルも持っているのね!」
「はい、職業柄……ですね。
瓶は一般的なポーション瓶なので見映えはしませんが、内容は問題ありませんので」
「大切なのは中身だから大丈夫!
それにしても、鑑定スキルでちゃんと見せてくれるのね。とても嬉しいわ」
「そうですか?」
「ほら、美容品って人によって合う、合わないがあるでしょう?
だから品質を誤魔化して売り付けようっていう悪徳商人もいるのよ」
「なるほど……」
確かに美容品は、自分に合うものを見つけるまでが大変だ。
実際に使ってみないと分からないし、値段もそれなりにするものばかりだし。
特に悩みを抱えている人にとっては、その労力もかなり大きいわけで。
ミスマッチの部分も商機と言えば商機なんだけど、私としてはこういう部分こそ、誠実に対応していきたいところだ。
そんなことを何となく思っていると、ブルニルダ様は早速ポーション瓶から乳液を手に取っていた。
「……わぁ。確かに、いつものと少し違うわ。
でも量がこれだけしかないから……大切に使うけど、早くお店を開いてね?」
「は、はい。善処します……」
「ところで、これはおいくら?
あとでアイナさんの家に持っていかせるから、教えてくれない?」
「ああ、いえ。今回は結構です。
いつも依頼を頂いているということなので、サービスで受け取っておいてください」
本来であれば銀貨30枚程度だろうけど、今は何となく受け取りたくなかった。
今日はこれから、何が起こるか分からないのだ。
そんなときに、新しい縁を作りたくなかったというか、身を綺麗にしておきたかったというか……。
ゲーム的に言えば、新しいフラグを立てたくなかった、というところかな。
……それに何だか、ここでお金の話をするのは無粋な気がするし。
「ふふふ、それではありがたく受け取っておくわね。
――ペートルス男爵!」
「はい、ブルニルダ様」
「時間をもらって申し訳なかったわね。
でもおかげで、アイナさんのことをもっと好きになっちゃった。しっかり、丁重にもてなすのよ?」
「もちろんでございます。
国王陛下からも、そのように申し付かっておりますので」
「それなら安心だわ。
アイナさん、今度はもっと他の話もさせてね。他にもたくさん、良いものを持っていそうだし♪」
「ありがとうございます。
機会がありましたら、またよろしくお願いします」
「……もう、あっさりしてるのね!
でも、あまりガツガツしていないのも気に入ったわ。ふふふ♪」
「それではブルニルダ様、これにて失礼いたします」
フェリクスさんの挨拶のあと、私もお辞儀をしてからその場を離れた。
緊張はしたけど、明らかに好意を向けてくれる相手には、やっぱり安心してしまうものだ。
一緒にいる時間はフェリクスさんの方が長いけど、彼の場合は目的がいまいち見えないし――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――なかなか、堂々としておられましたね」
「え?」
廊下を歩きながら、フェリクスさんは私にそう言った。
「相手は王族の方。
ブルニルダ様がいくらお優しい方とは言っても、普通でしたら恐縮してしまうでしょう。
しかしアイナさんは、自然体で話をしていたのが凄いと思いまして」
「ああ……。レオノーラさ……様と懇意にさせて頂いておりますので」
「おお、そうでしたか。レオノーラ様と……。
あの方も大変お優しい方でございますよね。なかなかに鋭いところもお持ちですが」
「レオノーラ様のことも、ご存知なんですね。
フェリクスさんは、ずいぶんと顔が広いようで……」
「ほっほっほ。これも年の功と言いましょうか。
しかしアイナさんの錬金術を求める方も多いですから、いずれ私以上になると思いますよ」
「あはは……。
まずはお店を開かなくちゃいけないんですけどね」
今は錬金術師ギルドを経由して依頼を受けているけど、当面はそのままのつもりだ。
お店を開いてから、そこでようやく専門の相談窓口を作る――
……やるなら、そんな感じかな。
「ふむ……。まったく欲の無いことで……」
「え?」
「いや、失礼。何でもございません。
さて、そろそろ昼食の時間ですね。食堂がありますので、そちらに参りましょう」
「へぇ……。お城の中に、そんなものもあるんですか?」
「城内とは言っても、居住区ではありませんので。
高貴な方のためではなく、中間層の者が使う場所なのです」
……ははぁ。社員食堂みたいな感じかな?
職場が広ければ広いほど、食事のために外に出ることは難しくなるからね。
この世界にはエレベーターやエスカレーターなんてものも無いし、上下の移動は階段だけで疲れちゃうし。
「ところでフェリクスさんは、爵位をお持ちなんですよね?
立場的に、食堂に入っても大丈夫なんですか?」
「ははは、もちろんですとも。
男爵とは言っても、貴族の中では下の方ですから。それに色々な方がおられますし、私は好んで使っていますよ」
「下の人にまで目が届く――
……お城で働いている方からすれば、フェリクスさんのような方はとても頼りになるのでしょうね」
「そうだと良いですな。
はっはっは、アイナさんはなかなかお世辞もお上手だ」
「いえいえ、お世辞だなんて、そんな……」
お世辞のつもりは無かったものの、お世辞として捉えられてしまった。
実際、ふんぞり返っている上司なんてどこにでもいるから、下を気にしてくれる上司は本当にありがたいものなんだけどね。
そんなことを考えていると、なんとなく元の世界の職場を思い出してしまったが――
……特に、癒されるなんてことはなかった。
ホワイト企業に勤めていたら、また違っていたのかなぁ……。