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食堂に着くと、窓際の席が空いていたのでそこに通してもらった。
眺めはとても素晴らしいが、フェリクスさん――貴族のお偉いさんと二人で食事というのは息が詰まってしまう。
そもそも初対面だし、向こうは仕事で案内しているだけだし、ついでに身分が高いし。
私としては見知った仲で、仕事とか関係なく付き合える人で、おまけに身分の差は無い方が気楽なのだ。
そう考えると、フェリクスさんは『落ち着いて話せる人』の正反対をいってしまっている。
……まぁ、お城の案内が終わるまでの辛抱だ。頑張れ、私。
「――アイナさん。ここの食堂は、デザートも美味しいんですよ」
私が注文を終えると、フェリクスさんはそう続けてきた。
確かにお城の中の食堂、女性を喜ばせるデザートなんていうのは得意そうだ。
「そうなんですか?
でも、今はちょっと――」
「まぁまぁ。代金は私が持ちますから、試しにいかがですか?
メニューにある苺プリンなどは、なかなかの絶品だそうですよ」
……苺プリン!
それは、何と惹きつけられる名前なのか。
苺とプリンが奏でるハーモニー!!
「そ、そうですね。……それでは頂くことにします」
「はっはっはっ、そうこなくては。
――君、苺プリンを1つ追加で頼む。料理長のバン君にも、よろしく伝えておいてくれ」
「はい、かしこまりました」
ウェイトレスさんはお辞儀をすると、厨房の方に戻っていった。
「フェリクスさんは、料理長の方とお知り合いなんですか?」
「多少の面倒を見ているだけ、ですけどね。
彼は若い頃からここで働いているので、付き合いだけは長いのです」
「でも、気にしてくださる方がいれば励みになると思いますよ」
「そうであれば、私も嬉しいですな。はっはっは」
どうにか話を繋ぎつつ、食事をとりながら、フェリクスさんと二人の時間を潰していく。
ちなみにこうしている間も、ずっと付いてきている兵士の二人は席の近くに立ったままだ。
……そのおかげで、私たちは周囲からちらちらと視線を集めてしまっていた。
「――兵士のお二人は、食事は大丈夫なんですか?」
「事前に食事をとっていますし、アイナさんの警護が終われば、そのまま今日はおしまいです。
ですので、少しの間は我慢ですね」
私の警護……なのかな?
フェリクスさんの警護のような気もするけど……。いや、私は案内されている立場だし、私の警護で良いのか。
……警護っていうか、監視みたいな気もするけど。
「ところで私はフェリクスさんに案内してもらっていますが、私の付き添いはどうしているのでしょう」
『付き添い』というのは、もちろんルークとエミリアさんのことだ。
あまり『従者』とは言いたくないし、この場では『仲間』とも何となく言い難い。間を取って『付き添い』……という言い方にしてみた。
「ご安心ください。あの二人も、それぞれ担当の者が案内をしております。
アイナさんは錬金術師なので、然るべき研究室を案内しましたが……あの二人は専門外になりますので」
「まぁ、確かに……」
そうするとルークは騎士団とか、エミリアさんは礼拝堂とか……なのかな?
しかし朝っぱらから呼び出しておいて、お城のアピールをして……一体、何を考えているんだろう。
もしかして、シェリルさんのような――
「――お待たせしました。
デザートの苺プリンになります」
「お、来ましたね。それはこちらの女性に」
「かしこまりました。失礼いたします」
ウェイトレスさんは静かに、苺プリンを私の前に置いてくれた。
ガラスのカップにピンク色のプリンが入っていて、その上には鮮やかな赤い苺とジャムが掛けられている。
元の世界にもありそうな、美味しそうな佇まいだけど――
どこの世界でも、案外行きつくところは同じになってしまうのだろうか。……何となく、そんなことを壮大に考えてしまう。
「ありがとうございます、とっても美味しそうですね!」
「ごゆっくりどうぞ」
ウェイトレスさんは私の言葉に返すでもなく、そのままお辞儀をしてから去っていった。
「ふむ。女性に人気があるというのも納得ですね」
「フェリクスさんも、ひとくちいかがですか?」
「いえ、私は結構です。……実は甘いものが苦手でして」
「そうなんですか? それでは無理にお勧めできませんね」
言っておいてなんだけど、そういえばスプーンがひとつしか無かった。
……うん、やっぱり一人で食べるのが正解だ。
それにしても、見れば見るほど美味しそう。
苺とプリンは元々好きだから、これが組み合わさるなんてまさに夢の共演だ。
加えて、食堂の料理長が作ってくれた……のかな? ちょっと分からないけど、いわゆる品質も良さそうだ。
ここは失礼かもしれないけど、品質を見てみたいかもしれない……。むしろ、見なきゃいけない気がする!
……よーし。ウィンドウを出さないように、こっそりかんてーっ。
──────────────────
【苺プリン(B+級)】
苺を使ったプリン
※追加効果:味わい×1.4
※薬剤効果:幻覚(小)
[警告]
害意により薬が盛られている
──────────────────
ふむふむ、さすがに料理長。
なかなかの品質の、B+級――……
――……って、え? 警告?
私は結果を疑った。
鑑定スキルで、こんな警告のメッセージを見るのは初めてだ。そもそも、薬が盛られているって……?
薬剤効果にある『幻覚』とは、心や精神に作用する状態異常のこと。
軽度であれば判断力が鈍ったり、気がおおらかになったり……あとは文字通り、幻が見えたりするようになる。
しかし、誰が、何のために――
「アイナさん、いかがされましたか?」
「……え? あ、いえ、失礼しました。
とても綺麗なので、つい見惚れてしまって♪」
「ははは、確かに!
しかし、食べ物は食べるものですからね」
薬を盛られたことを、フェリクスさんに伝える? ……いや、フェリクスさんも怪しいのだ。
これまでの食事には入っていたのだろうか。
……正直、食べ物を口にする時点で、警戒すべきを怠ってしまった。
――さぁ、どうする。
フェリクスさんに聞くわけにもいかないし、このまま食べるわけにもいかない。
頼みの仲間も、誰もいない。つまり自分で何とかしなきゃいけないんだけど――
そんなことを考えていると、不意にジェラードから仕込まれた『決め事』を思い出した。
それはグランベル公爵のお屋敷を訪れる前日に、エミリアさんと一緒に叩き込まれた色々なこと。
――どうしても口にしたくないものがあれば、台無しにしてしまえば良い。
私は紅茶の入ったカップを手に取って、そのまま口を付けた。
改めて意識をすると、フェリクスさんの視線がいちいちこちらを追ってくる。
一旦不信になってしまえば、こういった視線も怪しく思えてしまう。
苺プリンの材料を作ってもらった農家のみなさんには申し訳ないけど……今回は無駄にさせてもらいます! ごめんなさい!
ガチャンッ!
「――あっ!」
口で驚きながら、心は冷静に結果を確認する。
私は紅茶のカップをテーブルに落とし、苺プリンのカップに当てて、そして苺プリンの中身をテーブルにぶちまけることに成功した。
紅茶や苺プリンが零れる方向も一応は気を付けておいたので、私の服へはノーダメージだ。
「大丈夫ですか!?」
「申し訳ありません! フェリクスさんこそ、服に掛かりませんでしたか!?」
「はい、私は大丈夫です。
……ああ、片付けは店の者にさせましょう」
出来るだけの片付けをしていると、ウェイトレスさんが駆け寄ってきた。
私は片付けるのを止められたので、ウェイトレスさんが片付けをしている横で、とりあえず心配そうな顔をしておく。
よーしよし、ここは何とか逃げることができたぞ。
……それにしても薬を盛ってくるなんて……。
鑑定したのはただの偶然だったけど、気が付いて良かった……。
――っていうか、もう早く帰りたい!!!!!