桃赤
「桃くん」
躊躇いがちに伸ばされる細い手
少し震える高い声
下手くそな笑顔
触れたら消えてしまいそうな君が、
どうしようもなく好きだった。
駅のホーム。
夏休み明け。
ぼんやりとした顔で、高校に行くための電車を待つ君を見つめる。
目に光があるのかないのかすらもう分からなくて。
「赤」
「なぁに、桃くん」
あぁ、またその顔。
借りてきた笑顔の仮面みたいな、そんな。
「….その顔俺の前でしなくていいって言ってるだろ」
「ぇ….あぁ、ごめん….」
「謝れって言ってるんじゃねぇの」
「あ…….じゃあありがとう?」
「なんだよそれw」
俺のツッコミに赤はやっと素の表情で笑った。
次の電車が来ると、俺は赤の細い手首を握って
高校と反対方向の電車に乗り込んだ。
かつてのあの日のように。
赤は不思議そうに俺の顔を下から覗き込んで来た。
上目遣いというやつ。
何が怖いかってこれを無意識でやってくるところ。
「桃くん….?電車違う….」
「いーのいーの」
「ガッコ遅刻しちゃうよ?」
「たまにはサボるのも大事だって」
「桃くんはいつも授業サボって寝てるじゃんw」
「赤が真面目すぎんの。」
「…….もぉ….しょうがないなぁ」
そう言う彼の顔は、満更でも無さそうで。
「やっぱり、桃くんには敵わないや」
適当に学校に欠席連絡を入れて、
2人クーラーのきいた電車に揺られた。
どこに行こうとか決めたわけじゃなかったけど、
ただただ遠くへ、行きたかった
幸せそうな人達の中から逃げ出したかった。
今の場所は、俺達にとって眩しすぎるから。
すると不意に赤が口を開いた。
「中一の時もさ….桃くんがこうやって連れ出してくれたの覚えてる?」
「….覚えてるよ」
「あの時はホントに嬉しかったんだ。ありがとう」
「別に….俺も無意識だったし」
忘れることなんて出来なかった。
他人に線を引く赤が、初めて涙を見せた日だから。
中一の時、赤とは席が近くて仲良くなった。
他人に興味を示さない俺が、唯一興味を持った人だった。
よく笑う奴だな。
そう思ったのが第1印象で。
でも俺も頭のキレるやつだったから、作り笑いなんてすぐに気づいた。
たまに彼はここから先は入れません、みたいなバリアを作るのだ。
誰にも深入りしないしさせない。
そんな不思議な奴。
いつか、本物の笑顔で笑わせたいな。
そんなクサイことを思い始めた矢先、ある事が起こった。
その日は赤が俺の家に来ると言うので、ゲームやらお菓子やらを用意して待っていた。
しかし、赤が来る気配はなく1時間が経った。
連絡も繋がらない。
嫌な予感がした俺は、赤の家に行ってみることにした。
インターフォンを押そうと、扉に近づくと
突然家の中からガラスの割れる音がして
男の人と女の人の怒鳴り声が聞こえた。
赤の声はしない。
血の気が引いた俺は、慌てて赤の家のドアノブを握りしめた。
すると鍵はかかっていなかったのですぐに開いた。
そこには、赤が玄関に力が抜けたようにぐったりと座り込んでいた。
足にはガラスの破片が突き刺さっていて、家を出ようとしたのだろう、小さなカバンを握りしめている。
「赤!!」
「桃….くん?」
駆け寄ると、彼はやっと意識を取り戻したようにかすれた声で俺の名前を呼んだ。
刺さっていたガラスの破片を慎重に抜き、たまたま持っていた薄いハンカチを細くて白い足に巻き付けた。
幸い深くまでは刺さって居なかったようでハンカチでどうにか止血出来ている。
そして赤は安心したのか、大きな瞳からポロポロと大粒の涙を零した。
声をあげずにそれはただひたすらに頬を伝っていく。
「助けて….桃くん」
その震えた声を聞いて、気づけば彼の腕を掴んで外へ駆け出していた。
あぁ、この子は俺が守るんだ。
その時深く誓ったのだ。
どのくらい経ったのだろうか。
気づけば俺はウトウトしていたようで、赤の肩に頭を預けていた。
そのままちらりと視線を上に上げれば、イヤフォンで音楽を聞いてる君がいて。
ほんとに学校をサボってしまったんだなと今更思った。
「何聞いてんの?」
「ん….一緒に聞く?」
口を開いたのが分かったのか片方のイヤフォンを俺に渡してきた。
耳に付けてまた目を閉じると、優しいピアノのイントロがら聞こえてきた。
あぁ、赤が好きそうな曲だな。
2人で片耳ずつイヤホンで音楽を聞いていると、赤も目を閉じていて。
「俺、この曲好きなんだ。….どこか、遠い所に行けそうな気がして。」
「….俺も….この曲嫌いじゃない」
「そこは好きって言えよw」
君がツッコンで笑ってくれるのが嬉しくてまた目を閉じる。
この曲を聞いていると、赤が遠くに言ってしまうような気がした。
だから好きなんて言わない。
赤が好きな物は好きになりたくて、俺の好きな物も好きになってもらいたくて。
そうやって今まで生きてきたのにな。
結局終点まで乗ってしまい、俺達は仕方なくそこに降りた。
そこには俺達の住んでいる都市から結構離れた田舎で。
駅を降りて少し進むと周りには田んぼと山々しかなくなっていた。
「暑い….」
思わず汗を拭ってボヤく。
9月は秋とはいえ、さすがにまだ残暑が厳しい。
太陽はこれでもかというほどさんさんと照りつけてくる。
「なんでこんなとこ来たんだよ….」
「しょうがないじゃん….俺も桃くんと一緒に寝落ちしちゃったんだから」
「赤は寝ないと思ってたの」
「無責任!!」
すると赤が不意に前を指さした。
「あ、待ってあそこになんか店ある」
「おお、ナイス」
それは1面の緑の中に、ポツンと建っている小さな駄菓子屋だった。
「ねぇ、それ何味?」
「チョコチップ」
「へぇ」
「へぇって興味無さそうに俺のアイス取るな」
ラッキーな事に、美味しそうなジェラートが売っていたので俺達はそれぞれに好きな味を選び、ついでにラムネも買った。
そして駄菓子屋のベンチに2人腰かける。
赤のアイスをもらったので、俺も赤にラムレーズンのアイスを分けてやった。
彼は目を細めて美味しそうに食べている。
口の周りにアイスがついているけど。
可愛いななんて思いながら、指で彼の口の周りについたアイスを取ると、そのまま口に入れた。
「あっま….」
それは凄く凄く甘く感じて。
案の定赤は顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせている。
「あれれぇ?もしかして意識しちゃったんすか?赤さん」
「そんなんじゃないしっ//ばーかばーかっ//」
可愛いと思うより、愛おしいと思った。
意識してくれているのなら、何回でもこうゆうことするよ。
彼には、ずっと笑ってて欲しい。
ふと空を見上げると、雲ひとつない青い空があって。
たまに鳴く蝉の鳴き声と、新鮮な風か髪を揺らす。
「なんか….この世界で2人きりみたいだな」
「なにそれ….」
赤も空を見上げでクスリと笑いをこぼす。
「じゃあ2人ぼっちだね」
彼の笑った顔で、それも悪くないかななんて思った。
「あっ、魚」
駄菓子屋を抜け、少し歩くと小さな森の中に川を見つけた。
小学生みたいに夢中になり、制服のズボンをまくり上げて川の中に入った。
川の水は透き通っていて綺麗で冷たくて気持ちがいい。
ふと、赤のまくり上げられた細くて白い足が目に入る。
正直目のやりどころに困った。
…俺の噛み跡を付けたらどんな風になるだろう
泳いでいる魚になんか目がいかないほど赤を見てしまう俺は重症だ。
「桃くんそっちいった!」
「えぇ、あぁ….」
赤の声ではっと我に返る。
彼はどうやら俺なら素手で魚を捕まえられるとでも思っているらしい。
…俺はクマじゃないんだけど
少しイタズラ心がわいた俺は、手を水で冷やし、赤の首元をそっと触った。
「ぴぎゃぁっ//」
たちまち悲鳴を上げて転びそうになる赤をギュッと抱きしめる。
抱きしめられる口実が出来たことに満面の笑みを浮かべる俺。
「くっくっくw」
俺の胸に張り付いて睨みをきかせてくるが可愛いだけである。
俺は思わずゆっくりと赤の顔に自身の顔を近づけていた。
見開かれる大きな瞳。
触れた唇は、少しかさついていてしょっぱかった。
まだ何が起こったのかという様子で頭の追いついて居ない赤に、何度も何度もキスをした。
その度に顔がみるみる赤く染まっていき、ようやく自分の置かれている状況を理解したようだった。
「抵抗しないってことはいいの?俺期待するよ?」
「っ….//」
俯いて、自分の唇を確かめるように触る赤。
少し意地悪し過ぎたかななんて思って、彼の頭にポンっと手を置いた。
そのままさっきのは何も無かったように、俺達は赤の持ってきていたお弁当をお昼に食べて、薄暗い森の奥を探検したり、くだらない鬼ごっこやかくれんぼをした。
森を探索してる時に、怖い怖いと言って涙目で俺に張り付いてくる赤は、真面目に俺の事を誘ってるんじゃないかと思ってしまった。
楽しい時間は過ぎていき、あっという間に太陽が燃えるようなオレンジ色になった。
何となく、帰りの電車がないとやばいと思った俺達はまた田んぼの道を歩く。
長くなった2人の影が、ゆらゆらと揺れた。
すると不意に弱々しい力で制服のシャツを引っ張られた。
振り返ると、それは少し後ろを歩いていた赤で。
彼も歩みを止める気はなかったようで、本当に無意識でやったようだった。
「桃くん….おれ….」
彼は泣きそうな顔で俺に笑いかけると、シャツを片手で握ったまま俯いた。
「帰りたくないっ….」
ポタポタと地面を濡らす彼の涙。
分かっていた。
分かっていたはずだった。
彼の家庭環境が変わってないことも、
学校で誰にも好かれる優等生を演じていることも。
「じゃあ….今から駆け落ちでもする?あ、それかここに2人で住んじゃう?」
「いいよって言ったら….?」
俺は赤の顔を両手で挟み、自分の方へ向かせた。
そしてコツンとおデコを合わせる。
「ねぇ、赤。高校卒業したら一緒に住もう」
また彼の目が見開かれ、さらに涙が溢れては零れる。
「なに、言ってるの….そんな事言ったら桃くんは俺なんかとっ….」
「”俺なんか”じゃないでしょ」
優しい笑って目を閉じる。
「俺が赤の事看取ってやるよ」
「っ!!」
「だから、俺の隣で生きて。」
糸が切れたように声を上げて泣き出す赤を俺をぎゅっと抱きしめた。
「桃くんはホントバカだよっ….大バカっ」
「いいよバカで」
そんな俺達を、真っ赤な太陽が優しく見守っていた。
「眠い?」
「ん〜….」
電車の中でこっくりこっくり半目な赤の顔を覗き込む。
「着いたら起こしてやるから寝な」
「ありゃと….」
片手で俺の肩に赤の頭を乗せてやると、直ぐに寝息が聞こえてきた。
優しく起こさないように、赤のサラサラの髪を撫でる。
ねぇ、赤。
俺が居ないと生きられないってくらい、俺に堕ちてよ。
俺はもうそうなっちまったんだから。
生まれ変わっても側にいて守ってやるからさ。
俺の前からどうか、消えないでいて。
卒業証書を両手に握りしめ、大好きな彼を待つ。
見上げれば満開の桜。
「赤」
一言聞いただけでも分かる優しい低い声。
「迎えに来たよ」
彼の手にも俺と同じ卒業証書。
桃くんは俺の手強く握る。
その手はいつものように頼もしくて泣いてしまいそうになった。
「遅いんだよばーか….」
彼が笑えば俺の世界も笑う。彼が悲しければ俺の世界も悲しくなる。
彼が、桃くんが、俺に色をみせてくれる。
「いこっか」
「うん」
後ろも過去も、もう振り返らない。
俺達は前に向かって進み出した。
ℯ𝓃𝒹
いやぁ、ノベル初めてだったけどムリすぎたw
私は何が書きたかったのでしょうか….
病んでる時こうゆうの書きたくなるよね(?)
コメント
41件
ブクマ失礼します🙇♀️!!
ブクマ失礼します!
ブクマ失礼します🙇♀️