いむくん視点
正しいまま、壊れていく
朝は、いつも同じ色をしていた。
白い天井、白い光、白い声。
「大丈夫?」
その言葉に、条件反射でうなずく。
考える前に、体が答えていた。
大丈夫じゃないと言ったら、
何かが終わる気がしていた。
⸻
正しくいなければならない。
期待を裏切ってはいけない。
静かに、丁寧に、間違えずに。
それが、生きている証明だった。
少しでも遅れたら、
少しでも弱さを見せたら、
水の音が近づく。
誰も言わない。
でも、みんな知っている。
沈められる。
でも⸻
初兎ちゃんは、少しだけ違った。
「無理してない?」
目を見て、そう聞いてくる。
正解を押しつけない。
答えを急がせない。
それが、怖かった。
「してないよ」
笑って言う。
完璧な返事。
初兎ちゃんは、それ以上踏み込まなかった。
それが優しさだと、分かっていたから。
でも――
踏み込まれないことが、
救いにならない日もある。
⸻
夜になると、水の音がする。
耳鳴りみたいに、
胸の奥で、ちゃぷん、と。
「ここにいれば、楽だよ」
水は、責めない。
白みたいに正解を並べない。
沈めば、
期待も、比較も、
全部届かなくなる。
その考えが、
少しずつ、救いに変わっていった。
⸻
ある日、
足元が冷たくなった。
気づいたら、
水が、そこまで来ていた。
誰かが気づいていたかもしれない。
でも、誰も止めなかった。
止める理由が、
この世界にはなかった。
⸻
「……戻れなくなったら、どうする?」
ふと、初兎ちゃんの声がよぎる。
でも、すぐに消えた。
戻る、という選択肢が、
もう現実的じゃなかったから。
⸻
水は、静かに満ちる。
白は、何も言わない。
正しく生きた結果だから。
僕は、息を吸う。
冷たい水が、肺に入る。
苦しいはずなのに、
なぜか――
やっと、静かになれた気がした。
⸻
沈みながら、思う。
これで、
誰も失望しない。
これで、
誰も期待しない。
これで――
壊れた自分を、
誰にも見せずに済む。
⸻
そのとき、
遠くで名前を呼ぶ声がした。
「いむくん!!」
初兎ちゃんの声だった。
でも、振り返らなかった。
振り返ったら、
また正しさの世界に
戻らなければならない気がしたから。
⸻
水は、深い。
闇は、優しい。
僕は、
そのまま沈んでいった。






