テラーノベル
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違和感は、最初からあった。
でもそれは、
「気のせい」で片づけられる程度のものだった。
いむくんは、笑っていた。
ちゃんと返事もしていた。
いつも通りに、そこにいた。
――だから、大丈夫だと思った。
それが、一番の間違いだった。
⸻
「無理してない?」
何度も聞いた。
そのたびに、いむくんはうなずいた。
嘘をついてる顔じゃなかった。
でも、
本当を言ってる顔でもなかった。
それ以上踏み込まなかったのは、
優しさのつもりだった。
嫌われたくなかった。
壊したくなかった。
今の関係を。
今思えば、
守っていたのは、
いむくんじゃなくて
自分自信だった。
⸻
水の音に気づいたのは、遅かった。
ちゃぷん、という
小さすぎる音。
誰かが落ちたわけじゃない。
誰かが自分から入った音だった。
胸が、嫌な予感で締めつけられる。
「……いむくん?」
返事はない。
⸻
とにかく走った。
理由なんてなかった。
ただ、
行かなきゃいけない気がした。
白い世界は、何も変わらない顔をしている。
正しい日常。
正解の流れ。
その中で、
自分だけがズレている感覚がした。
⸻
水は、もうそこにあった。
静かで、冷たくて、
何もなかったみたいに揺れている。
でも分かった。
ここだ。
遅れた。
確実に、遅れた。
⸻
名前を呼ぶ。
声が、水に吸われていく。
返事はない。
泡も、影も、見えない。
それでも、
いむくんがここにいると、
確信してしまった。
⸻
腕を伸ばした。
掴める距離じゃない。
分かってる。
それでも、
伸ばさずにはいられなかった。
「……待ってよ」
その言葉が、
どれだけ遅いかも、分かってた。
⸻
白は、何も言わない。
責めもしないし、
助け方も教えない。
正しい世界は、
こういうとき――
何もしてくれない。
⸻
その場に立ち尽くして、
俺は理解した。
助けるって、
気づくことじゃない。
間に合うことだ。
そして、
自分はそれができなかった。
⸻
水は、静かだった。
まるで、
最初から何も沈んでいなかったみたいに。
でも俺は、
そこを離れなかった。
離れたら、
本当に“終わってしまう”気がしたから。
⸻
「戻ってこい、とは言わない」
誰に向けた言葉かも分からず、
そう呟いた。
「……でも 名前は呼ぶ」
水は答えない。
それでも、言った。
それが、
自分にできる唯一のことだった。
⸻
その日から、
僕は知っている。
気づくことと、救うことは違う。
優しさと、覚悟も違う。
そして――
間に合わなかった後でも、
物語は終わらない。
水の前で、
僕は今日も立っている。
呼ばれ続ける名前が、
どこかで消えないと信じて。
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