「ただいま。」
家の中に入ると、いつもの冷たい空気が顔に吹き込んできた。
「母さん、窓閉めてくれない?」
兄は寒さに耐えられず、母にさっきまでの怒りをぶつける。
「ごめんね。ちょっと外にいる猫ちゃんが可愛くて、あと少しだけ。」
ニコッと笑う母を見て、兄はまたイラついた。
「風邪ひいちゃうよ。気をつけてね。」
「璃奈ちゃん、お母さんが大好きだね。」
「うん、大好きだよ。」
作り笑いを浮かべ、母が抱きついてくるのを待っていた。母はすぐに窓を閉め、私に抱きついてきた。
「璃奈は可愛いね。」
私は母が嫌いであり、好きでもあった。母は束縛するけれど優しい…ただ、父に暴力を振るうところが嫌いだった。でも、私には優しい母が好きだった。
「腹減った。」
暖かい雰囲気を壊すのはいつも兄だった。本当に空気が読めない奴。それに構わず、母が笑いながら言い出した。
「今日はいつもより豪華だよ。」
「お店か?」
「そう! ぐうぜん予約が取れたの。」
楽しそうに会話する兄。さっきまでの怒りが消えたみたいに。
「お母さん、私はお腹減ってないから家にいるね。」
「あら、そう。病院に行った方が…」
焦る母に、また兄がイラついた。
「さっさと行こうぜ。」
「じゃあ、家で休んでね。」
「うん、行ってらっしゃい。」
私は二人を玄関まで見送った。二人が出ていった後、私は勢いよくトイレに駆け込んだ。お昼に食べたご飯がすべて吐き出された。保健室で母に抱かれたときからずっと我慢していた。そして、さっきも抱きつかれて、吐くのを我慢できなかった。
「お父さん…会いたいよ。」
璃奈は涙を堪えきれずに泣き出した。そのとき、電話がかかってきた。知らない番号だったけれど、出てみることにした。相手の声に、どこかで聞いたことがあった。
『もしもし?』
「もしもし?」
『静樹 朱理です。音楽室のとき、驚かしてごめんね?』
「あ、大丈夫です!!」
─お兄ちゃんに任された仕事を進めたから、あっちから連絡くれるなんて、ありがたい。
さっきの悲しさをグッと堪えて、明るい声を演じた。
『本当にごめんね、わざとじゃなかったの。』
「ううん、気にしてないよ!どうやって私の電話番号を知ったの?」
『先生に聞いたんだよ。謝りたかったからって言ったらね。』
「そうなんだ。」
─先生に感謝しないとね。
私はそう考えながら、吐いたものを片付けた。マイクをオフにし、流した。
『お詫びに、明日の夜ご飯食べに行こうよ。』
「申し訳ないです。」
『大丈夫だよ。』
「じゃあ、遠慮なく。」
『じゃあ、また明日話そうね。』
「うん。」
電話を切った私は、さっきの悲しさや気持ち悪さを心の底にしまって、トイレから出た。窓に近づいて外を見ながら、静樹と仲良くなる計画を立てた。
─静樹 朱里…あなたと仲良くするつもりはないわ。もし、あなたが怪しくなかったら、私たちは友達になれたかもしれないけれど。
璃奈は計画を立て終わったのか、決意を込めた目で満月を見ながら呟いた。
「お兄ちゃんからの仕事だからね。ごめんね、静樹朱里さん。」
決意を固めた璃奈。だが、その逆で、兄と母が話している内容は璃奈にとって衝撃的だった。嫌いだけれど好きな家族が、自分を殺したいと思っているなんて、璃奈はどう感じるのだろうか。
「お母さん、いつあいつを殺すんだ?」
「あいつって?」
「馬鹿な振りをしないで。」
一瞬静まり返った母が言い出した。
「そうね、利用価値がなくなったら。」
「じゃあ、あいつに価値ってものがあるのか?」
「あるわよ。成績がいい子だし、周りから見たら、この家族は良い家族に見える。そうすれば、私たちの悪事が隠せるのよ。お得じゃない?」
「…」
不満を感じながら運転している兄白輝 輝琉を見て、母は暖かい笑顔を浮かべながらも、口から出た言葉は冷たいものだった。
「その時は、そう遠くないわよ。あの子は父のように死ぬのよ。」
「まだその薬を持っているの!?」
驚く輝琉を見て、母は当然のような顔を浮かべた。
「当たり前じゃない。予備のために残しておいた薬があるんだから。」
ドヤ顔をする母を見て、輝琉は無言で車を止めた。
「急に止めてどうするのよ!」
怒り出す母に、輝琉は無言で窓の外を見つめていた。そこで目にしたのは、今取り調べている静樹 朱里だった。
「何故ここに…」
疑問を感じた輝琉は、静樹に近づいた。そして、会話の内容が聞こえた。
『パパ、安心して…明日、その子とご飯に行くことに成功したわ。その子の兄の情報は絶対に聞き出せるはずよ。』
輝琉は確信した。静樹 朱里は、今取り調べている組織の娘であること。そして、璃奈が静樹とご飯に行くことも。
─璃奈…よくやった。裏切ったら絶対許さないぞ。
「もう、どうしたのよ!」
「別に、ただ警察の仕事をしているだけ。」
「ふん、父を殺すために計画を立てた奴が言う言葉じゃないわよ。」
煽る母に、輝琉は怒らず冷静な声であっさりと答えた。その時の姿が、まるで璃奈のようだった。
「そのままだと怪しまれるだろ。」
母は璃奈に似た姿を見ると、何故かイラつき始め、言葉を発した。
「やっぱり、璃奈は予定より早く死なせるわ。」
コメント
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予想外!!予想外すぎる!!もう最高の展開すぎます!!続きが楽しみです!!