ザワついていた教室が一気に静まった。それは私、白輝 璃奈が教室に入ったからだ。別に劣等生ってわけではない。けれど、私の家がお金持ちすぎて、何かやらかすんじゃないかと心配され、近づきたくないだけだ。
静かに席に座る私に近づいてきたのは—— 「璃奈、おはよ」 誰でもなく、静樹 朱理だった。 「はい、おはようございます」 私は明るく純粋な笑顔を浮かべる。周りの人々がその笑顔を見て、「可愛い」と思った。しかし、“近付きたい”という気持ちは全くなかった。それは、さっきの理由と同じく、自分が何かをやらかしたら、家庭が終わってしまうのが怖いからだ。
「家、どこなの?迎えに行くよ」 「でも、申し訳ないですよ〜」 少し苦笑いしながら、申し訳なさそうに言う私に、朱里は言った。 「大丈夫だよ」 「私の犬、人見知りだから、噛んじゃうんです」 私は顔色一つ変えず、あっさりと嘘をついた。 「こうしましょ。学校の近くの橋に集合しよう?」 「いいね」 「何時になるのですか?」 「七時半とかどう?」 「問題ありません。その時間で決まりましょう」
朱里が何かを話そうとしたが、ちょうどその時、先生が教室に入ってきた。私たちはそれ以上話せなかった。しかし、私はそんなことを気にせず、昨日の夜の出来事を思い出していた。
昨日の夜、兄の輝流が帰宅すると、すぐに私の家に向かった。ドアを開けた瞬間に言った言葉で、私は疑問を感じた。 「静樹朱里と夜ご飯行くのか?」 「なんで知ってるの?」 「いいから、早く答えろ」 拒否権も与えてくれない輝琉を見て、私は外を見て言った。 「うん、さっき電話が来て——」
続きを言おうとしたが、輝琉が遮ってきた。 「気をつけろよ」 「分かってるよ」 私はその言葉に目を閉じた。輝琉は私の決心を聞き、すぐに出て行った。私はそんな兄を見ながら、心にもない言葉を口にした。 「お兄ちゃんったら、優しいんだから」
なぜ心にもない言葉を言ったのかと言うと、この部屋には隠しカメラがあるからだ。いつの間にか取り付けられていた。私はこの部屋の物の位置を全て覚えている。ほんの少しでもズレたら、すぐに気づく。それに、隠しカメラがあることも分かっていた。天才と言われた私だからこそできたことだ。これは父との……二人だけの秘密だった。しかし、今は一人だけの秘密になった。父は私の秘密を墓の中まで持って行った。
懐かしい思い出にふけっていると、いつの間にか教室の中には私と静樹朱里しかいなかった。私は思った。 「あ、次は移動教室だ」
急いで準備をしていると、教室に残っていた朱里と目が合った。その目は見慣れた目つき——監視するような目つき。誰かの目つきに似ている。 ──そうだ、私のお父さんの目つきと似てる……まるで血が繋がっているかのように。
その目つき……嫌いだ。
朱里は私と目が合った瞬間からずっと私を見つめていた。何を思っているのかは分からないが、監視の目つきから、少しずつ優しい目つきに変わっていった。その目つきが、なぜか私は嫌いじゃなかった。さっきの父と似ていた目つきは嫌いだったのに、不思議だ。
二人が見つめ合っていると、チャイムが鳴った。私たちは急いで教室を出た。その時、朱里が楽しそうに言った。 「お嬢様も、遅れた時は走るんだね」 「誰かさんが見てるからでしょ」
子供の頃に戻ったような感覚が身体中に広がった。父が亡くなってから見せなくなった、あの自然な明るさが戻った気がした。
「それは私、朱里のせいですね」
朱里は太陽のように眩しい笑顔を見せて、私の顔を見た。そんな朱里は、私にとって忘れられない瞬間になった。
「ふん、分かっていればいいのよ」
——ふざけ合う二人は、後でしっかりと叱られました。
「ただいま」 いつもより元気よく、明るい声が部屋中に響いた。その声の主は、父が死んでから兄のお人形さんとして使われていた白輝 璃奈だった。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「美嘉さん!?」
「はい、お久しぶりです」
鈴木 美嘉は、父が生きていた頃に仕えていた執事だ。父が亡くなり、私のお願いで美嘉さんをここに置くことにした。その代わりに、同じ価値の物を渡した。それは——
「今日はいつもより元気がいいですね」
階段を一段登り、振り返って笑顔を見せながら私は言った。 「そうかもね」
その時、執事の美嘉は突然涙を流し始めた。 「え!?なんで泣くの!?」 私は急いで階段を降り、美嘉の元へ向かう。 「いえ、お久しぶりに璃奈お嬢様の笑顔が見られて、感動しただけです」 涙を拭きながら、笑顔で答える美嘉さんを見て、私は思わずうつむいた。
──確かに、そうだ。自分がどれほど無理に美嘉さんに笑顔を見せてきたのか、それをわかっていた。やっぱり父がいないと、上手に笑えなかったんだ。
「もう、美嘉さん、子供じゃないんだから」 「そうです!!」
急に立ち上がり、決めポーズをする美嘉に、私はフリーズした。 「き、急にどうしたの?」
さっきの悲しさや感動はどこへ行ったのかと思いながら、美嘉は言った。 「お嬢様、遊びに行く予定ですよね!!」 「え、あ、うん」 「服の準備を!」 「え?さっきの感動は……」 「その感動は、どうでもいいです」
元気いっぱいの美嘉を見て、私は声にならない笑い声を漏らした。そして、目から何かがこぼれ落ちた。それは涙だった——。
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