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6歳の誕生日を迎えて、まだ数えるほどしか日が経っていない頃
晴明は忍び足で家を脱け出し、背後に広がる夜の静寂を振り切るように、遠くの山嶺を目指して駆け出した。
夜明け前の山は、異様なほど静かだった。風の音すら、晴明には遠く感じられる。
小さな身体。まだ幼い指先。
それでも彼の内側には、かつて百鬼学園を焼き尽くした“あの力”が、確かに眠っていた。
(油断すれば、また――)
晴明は歯を食いしばり、地面に正座する。
簡素な結界符を前に並べ、深く息を吐いた。
「……絶対に出てくるな」
退魔の力は、感情に反応する。
前世での惨劇は、それを身をもって知った結果だった。
だからこそ、感情を殺す。
喜びも、怒りも、恐怖も――すべてを沈める。
額に冷や汗が滲む。
胸の奥で、白い熱が蠢いた。
「っ……!」
一瞬、視界が白く染まりかける。
晴明は即座に符を叩きつけ、自身の胸に押し当てた。
「――封」
力が軋み、暴れ、拒絶する。
幼い身体が悲鳴を上げ、喉から嗚咽が漏れた。
(ダメだ……! 暴走させるな……!)
前世の光景が、否応なく蘇る。
砕ける身体、消えていく笑顔、焦げた匂い。
「……僕は、もう……」
声が震えた、その瞬間。
影が、彼の背後で揺れた。
『感情を殺すのは、正解じゃないよ』
低く、静かな声。
あの夜に聞いたものと同じだった。
晴明は振り返らない。
振り返る資格が、自分にはないと思った。
「……黙って」
『抑え込めば、いつか必ず破裂する』
「それでもいい」
晴明は言い切った。
「僕が壊れるだけで、誰かが生きられるなら」
一瞬、影が言葉を失ったように揺らぐ。
『……相変わらず、晴明は愚かだね』
そう言い残し、影は霧のように消えた。
再び、静寂。
晴明はゆっくりと息を整え、目を閉じる。
今度は、無理に力を押さえつけなかった。
ただ、そこにあると認める。
自分の一部として、受け入れる。
「……暴れないで」
白い熱が、わずかに静まった。
完全な制御には、程遠い。
それでも――前より、確かに一歩進んでいた。
夜が明ける。
山の向こうから、淡い光が差し込む。
晴明は立ち上がり、小さな拳を握った。
百鬼学園へ行く日まで、時間はない。
それでも、やるしかない。
誰も殺さないために。
そして――自分が、再び“教師”として立つために。
彼は再び、修行を始めた。
運命に抗う、その覚悟を胸に。