この作品はいかがでしたか?
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「男いっぱい居るけどオレ以外と喋ンなよ。」
出掛けるぞと一声掛けられた後、外で待機していたお馴染みのあの黒い車に押し込まれるように乗せられ、隣の席に座るイザナさんに低い声で脅されるようにそう言われた。
「もし喋ったら喉潰すから」
イザナさんの本気の声に、咄嗟に喉の真ん中を両手で庇うように隠す。
恐怖のサイレンがけたたましく体を走り抜け、目の奥の回転灯が危険を知らせるようにチカチカと激しく点滅する。
『…分かりました。』
時折、車体が微動に揺れそのたびに酔いがグイッと喉へ上りつけてくる。それを固唾と共に飲みこみ、ガチガチと震えた声でそう言葉を零す。
この人本気だ。
それから数分後
切れては走る窓の外に映る風景をあてもなく眺めていると、ようやく目的地に着いたのか車は低いブレーキ音を響かせゴトンと動きを止めた。
「降りるぞ」
ぐいっと腕を掴まれ車から引きずり降ろされる。私が逃げたりしないようにするためかイザナさんはいつも外へ出るたび、私の腕を力強く握る。普通に痛いからやめてほしい。
そんなことしても逃げないのに。信用されてないのかな、と微かな悲しみの雪が胸に積るのを感じながらイザナさんに半ば引きずられるような形で前へと足を進める。
『…あ』
ここ来たことある、と目の前に映る景色に少し前の記憶を辿る。
アジト、だっただろうか。そう記憶を思い起こしていると突然、イザナさんではない聞き覚えのある男性の声が耳を貫いた。
「イザナ!?……と、○○ちゃん?」
私とイザナさんを呼ぶ、焦ったような大声に驚いて振り返る。赤と白の左右で色の違う瞳、顔を割るような激しい傷跡の、見覚えのある容姿をした男性が目に入る。
『鶴蝶さん…?』
いつも基本的穏やかな彼の表情には、切羽詰まったような焦りの色が冷汗と共に滲んでいた。明らかに普段とは違う重苦しい雰囲気に体が強張り、やきもきする気持ちが胸いっぱいに果てしなく広がっていく。
「○○ちゃんも連れてきたのか…?だめだ、今日は危ない、今すぐ戻れ。」
鶴蝶さんのなにか意味ありげなその言葉に困惑と焦燥が同時に胸にのしかかる。
なんなんだ、2月22日ってそんなに危険な日なの?とこれまで過ごして来た15年間の光景を思い出そうとする。
が、今までの2月22日なんて、所詮は365日もある1年のつまらない1ページに過ぎない。人は何か特に特別なことがない限り、その日の記憶は抜け落ちていく。それでなくても私は記憶の継続には自信がない。
『うーん…』
そのせいでどう頑張ってもクラス内の陽キャたちが猫の日だとか何とか言ってキャーキャー騒いでいる記憶しか出てこず、結局肝心な“危ない”の理由は分からない。
まさか猫の日だからとかじゃないだろう。
「問題ない、ずっとオレの傍にいるように言ってある。」
部屋の空気を緊張させる荒々しい声が響く。
「○○ちゃんはオマエのペットじゃねェんだぞ!?」
「あ?下僕のくせに王に指図すんのか?」
荒みきった神経質な表情で言い合う二人にどうしよう、と苦悩が嵐のように襲ってくる。
何とか止めようと、踏み切ろうとするがなかなか決心がつかず伸ばした手をすぐに引っ込めてしまう。
『あ、あの!私!』
勇気を振り絞り、高い崖から飛び降りるような気持ちで二人の争いに足を踏み込む。手に籠った汗を握るようにギュッと拳を握りしめ、言葉を紡ぐ。
『わ、私、大丈夫です。ずっとイザナさんの傍に居ますんで。』
それならいいんでしょ?と覚悟を決めたという風にハッキリとした口調で言う。言い終わった後の沈黙に緊張や恥ずかしさがズンッと胸にやって来る。2人の視線が私に刺さり、気まずさに俯く。
「…うん、ずっと傍に居ろよな」
そんな変な口調にほんの少しの違和感を抱いた。別に変といっても気持ち悪いとかじゃなくてどこかで聞いたことあるような古い懐かしさを含んだような、そんな感じ。
鶴蝶さんは何か言いたげな複雑そうな表情をしていたけど、結局分かったと絞り出すように呟いた。
続きます→♡500
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