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『仕事になると人が変わってヤバいよね、イケメンすぎる』
『部長がまともに若手の相手してるなんて初めてなんじゃない?』
『ほんっと、有能すぎるー!』
『てか優良物件すぎるでしょ、彼女いるのかな、いるに決まってるよねー」
いつだったかの、お昼休み。
女子社員たちが話していた内容を思い返し、深く納得してしまう。
そんなことを真衣香がひっそり思い出していると、高柳がクスッと小さく笑った気配。
そして、満足そうな声が続いた。
「……なるほどな、わかった。 いつもそれくらい仕事が早いと嬉しい。この商談は進みが悪かったからな、待ちきれなかった」
「あははー。ね〜、やっぱそうでしょ、部長。 満足そうな顔しないでくれますかー?」
「何の話だ?」と、坪井の声に高柳が小首を傾げキョトンとした顔を作る。
その表情がキリリとしたシルバー縁のメガネには似合わないな……、と激しく違和感を覚えた真衣香だったがまさか口には出来ず眺めるに徹した。
「総務関係ないですよね、部長だってもちろんデータうちで最終いじったのわかってましたよね? なのによくこんな茶番」
……徹しているうちに、会話の意味がよくわからなくなってきた。
(……茶番?)
しかし、わからないのは真衣香だけのようで当たり前のように話は続いていく。
「お前の仕事が遅いせいだな、立花さんがいてよかった」
「いや、よくないでしょ。部長マジで人遣い荒いっすね、精神的に追い詰めんのもやめた方がいいですよー。 刺されますよそのうち」
ははは、と先程から乾いた笑いを繰り返す坪井に対して鋭い刃物のようだと感じていた高柳の声は、いつのまにか愉快そうな音を含んでいる。
しかし、
『刺されますよ』と部下に言われ上機嫌な高柳を前に、何を思えばいいのか真衣香にはわからない。
わからないが、少し話題も逸れたように思い真衣香の身体からようやく力が抜けていった。
「あ、それより気になってたんすけど部長って立花のこと知ってましたっけ?」
「ああ、もちろん知っている。 総務は誰にでもできる仕事じゃない。 さっきは失礼な言い方をして申し訳なかった」
「え!? あ、私……? い、いえそんな!」
突然、高柳の視線がこちらに向いた。
真衣香は慌てて姿勢を正す。
「もし今坪井が来ていなかったなら、君には目に見えて酷く落ち込んでいて欲しかったんだ、こいつの目に触れるまで」
「……は?」
「ですよねー、わかりますよ。 めちゃくちゃわかってましたよー」
わざとらしく頷きながら、坪井が言う。
「なぜ余裕なのかわからないが、坪井。 解決しないならしないで彼女は本当にどこぞの営業所へ飛ばしたぞ。 それでうちが円滑に回るならな」
(あ、やっぱ、そこは本気だったんだ)
場の空気が和み、少し安心していた真衣香だが高柳の言葉にヒヤリと再び緊張を取り戻した。
「いや、させないですよ〜って言っても、今回はちょっと焦ったんで言われる程余裕ないっすね、ぶっちゃけ」
声色から、笑顔の坪井を想像して、その表情を確かめると。
陽気な声には似合わない、冷たい表情が見えた。
そして坪井と対照的に愉快そうに笑む高柳。
真衣香はマヌケにも口を開けたまま2人を交互に眺めるしかない。
(高柳部長と坪井くんは仲がいいの悪いの? 今は談笑中なの、怒られてるの? 怒ってるの?)
そんな疑問でいっぱいの真衣香のことなど気にもしない様子で、相変わらず上機嫌な様子の高柳だ。
「ああ、それから彼女を知っているのかというお前の問いに、もうひとつ答えをやろうか? 」
「えー、別にいらないような気もしますけど言いたそうなんで聞きますよ。 なんですか?」
答えた坪井に、やれやれといった様子で肩をすくめたが。
ただのポーズだったようで、さして気にした様子もなく高柳は言う。
「総務じゃない〝お前にとって〟の立花さんを知ったのはタイミング良く、今回の件の発端の日だったな」
高柳の言葉に坪井が小さく唸りながら後頭部をぐしゃっと掻いて、真衣香の斜め横でイスを引く。
そして、そこへ座りながら言った。
「いやぁ〜、はは。 それタイミングよくないでしょ、だいぶ悪いっすね」
「いや、いいだろう。 仲良く飲食店に入っていく姿を見つけてね。 仕事が立て込み出したら独りが大好きになる、お前がね」
「はいはーい、わかりました、もういいです」
坪井は、両手を挙げいわゆる降参のポーズをしてみせた。
真衣香と、一緒に来てくれていた杉田はポカンとするばかりの空間で。
また新たに見つけた、坪井の表情だった。