テラーノベル
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時々、夢を見る。
どこか切なく、けれど胸の奥がじんわりと温かくなるような夢。
耳を澄ませば、微かに聞こえてくる。
重なり合い、共鳴し、空間を揺らす心地よい音の波。
時に柔らかく包み込むように寄り添い、時に胸を打ち鳴らすように力強く溢れ出す。
その音が、眩しいほどの光が、世界を満たしていた。
私たちを期待の眼差しで見つめる、数え切れないほどの瞳。そして――地鳴りのように響き渡り、鳴り止むことのない温かな歓声。
その光景の中で、私の隣にはいつも「あなた」がいた。
名前も、顔も、声すらも思い出せない。
それなのに、私には確信があった。
あなたが隣にいてくれるだけで、私は自分でも驚くほど、心から「楽しい」と思えるのだ。
────
「……ここは?眩しい……」
大きな車輪が石畳を叩く激しい揺れによって、途切れていたリリーの意識は浮上した。
「いつの間にか、寝てしまっていたのね……」
口の中でぼそりと呟き、眠気でぼやける目をこする。すると、目元から伝う温かな雫の感触があった。静かに指先を濡らすのは、一筋の涙。
(また、泣いていたの……?)
最近、目覚めたときに理由のない涙が頬を濡らしていることが増えていた。そしてそれは決まって、あの不思議な夢を見た直後なのだ。
目覚めてしまえば、どんな内容だったのか、言葉の細部も光の輪郭も霞のように消えてしまう。けれど、理由のわからない切なさと、どこか途方なく懐かしい感覚だけが胸の奥に澱のように残っていた。
伸ばした手に、まだ微かな感触が残っている。
決して忘れてはいけない、大切な何かの感触が。
だが、リリーはそれが一体何なのか、全くわからなかった。
──────────
馬車が停車し、いよいよ学園に到着した。案内された寮の自室は、申し分のないほどの広さと美しいバルコニーを備えた部屋だった。荷物を整理しひと段落つくとリリーはベッドに座り、部屋中を見渡した。
「とても広いわね。日当たりもいいし、十分に落ち着けそうな部屋だわ」
「お気に召していただけたようで何よりでございます。それではお嬢様、私もお荷物の整理や荷解きがございますので、これで失礼いたしますね。何かございましたら、いつでもお呼びください。」
「ありがとう、アリサ。あなたもあまり無理をせず休んでね」
扉がパタンと静かな音を立てて閉まった瞬間、リリーはドレスの裾も気にせず、吸い寄せられるようにふかふかのベッドへと飛び込んだ。
天井を仰ぎ見ながら壁の時計を確認すると、夕食の鐘が鳴るまでにはまだ三時間ほどの余裕がある。
(……暇だわ)
さっきまで馬車の中で揺られながら熟睡していたせいか、先ほどまでの重たい眠気は嘘のように吹き飛んでいた。
「何をして過ごそうかしら……学園内の探検とか?」
そんな突飛な思いつきを頭に浮かべていた、その時だった。
控えめだが元気のよいノックの音が、静かな部屋に響いた。
「リリー様! 到着されたとお聞きしたので、思わず飛んで来ちゃいました! 入ってもよろしいですか?」
声の主に気が付き、急いでベッドから起き上がり扉を開けると、そこには爽やかな淡い水色の髪を揺らした少女が立っていた。
「ミーシャ! 久しぶりね、もう着いていたのね。会えて本当に嬉しいわ」
「私もです、リリー様!」
花が咲くような満面の笑みを浮かべたのは、ミーシャ・シャトルーズ伯爵令嬢。
幼少期から家族ぐるみで交流があり、何でも打ち明けられる私の数少ない親友の一人だ。
「今日も相変わらず、とっても可愛らしいわね」
「も、もう! 急にそんなことをおっしゃらないでください、照れてしまいます……!」
頬をぽっと赤く染めてそっぽを向く彼女のリアクションが愛おしく、リリーは思わずくすりと笑みを漏らした。
ミーシャに連れられていた使用人にお茶を淹れてもらい、2人はバルコニー近くの小テーブルに腰を下ろして、久々の再会を楽しむことにした。
「それにしても、ここに来るまでの移動だけですっかり疲れ果ててしまったわ。もっと早く、快適に移動できる手段があればいいのにと思ってしまうわ。」
リリーがそう言葉を漏らすと、ミーシャも深く共感した。
「馬車は豪華で早いですが、長時間揺られているとどうしても腰や体が痛くなってしまいますものね」
「そうね。……車とかがあれば、もっと楽に乗っていられるのに……」
「……クルマ? リリー様、それは一体何ですか?」
ティーカップを口元へ運んでいたミーシャが、不思議そうに首をかしげた。
車を知らないなんて珍しい――そう思いながら、説明しようと口を開いた瞬間、リリーの思考はピタリと停止した。
「それは…………あれ? 何だったかしら、“クルマ”って……」
自分の口から滑り出たはずの言葉なのに、その具体的な形状も、仕組みも、意味すらもまったく頭に浮かんでこない。
思い出そうとすればするほど、思考の霧が濃くなり、頭の中にモヤがかかったような気味の悪い違和感に襲われる。
「昔……どこかで、見たような気がしたのだけれど……」
「リリー様? きっと長旅でお疲れになっているのですよ。以前から夜もあまり眠れていないとおっしゃっていましたし……」
「最近はよく眠れるようになったわ。あなたが作ってくれたハーブティーのおかげね」
「本当ですか!?」
ミーシャの顔がぱっと明るくなる。
薬草学や調合に深い知識を持つミーシャには、以前から寝不足に悩まされていた私を見かねて、特製のハーブティーや眠り薬を調合してもらっていたのだ。その効果は絶大で、最近では横になればすぐに深い眠りにつけるようにまでなっていた。
「ええ。横になればすぐ眠れるようになったわ」
「それなら安心しました!……でも」
ミーシャの表情が少し曇る。
「また、同じ夢をご覧になっているのですね?」
ミーシャは私の言葉の先を察し、心配そうに眉をひそめた。
「ええ、そうなの。ぐっすり眠れるようになった分、夢を見る頻度も増えてしまって。けれど、どれだけ鮮明に感じられても、起きた瞬間に内容はほとんど思い出せなくなってしまうのよ。ただ……胸を締めつけるような『懐かしい』という感覚だけが、ずっと残っていて。お医者様にもご相談したのだけれど、『原因が分からない』とおっしゃるばかりで」
「困ったわ」と溜息をつき、リリーが力なく肩を落とした、その時だった。
「――なら、私にお任せください!」
ミーシャは勢いよく立ち上がると、自分の胸をドンと力強く叩いて胸を張った。
「リリー様が望む夢を自由に見られたり、夢の内容をハッキリ思い出せたりするような特別な薬を、きっと私が調合してみせます! 待っていてくださいね!」
「え? ちょっと、ミーシャ!?」
大音量で宣言するやいなや、ミーシャは風のように部屋を飛び出し、自分の自室へと颯爽と走り去っていってしまった。
「あの子ったら、本当に相変わらずなんだから……」
私のためを思って行動してくれているのは何よりも嬉しいけれど、ミーシャは一度研究や作業に集中すると周りが見えなくなる癖がある。あとで使用人に「無茶をして怪我をしないよう見張っておいて」と伝えておかねばならないだろう。
呆れつつもクスリと笑みをこぼしたものの、ぽっかりと一人取り残されてしまった。
時計を見上げれば、夕食の時刻まではまだ二時間ほど残っている。
(さて、どうしようかしら……)
再び手持ち無沙汰になり、部屋の中を少しブラブラと歩いてみようかと思案していた、まさにその時。
コンコン、と再び部屋のドアを叩く静かな音が響いた。
ミーシャが忘れ物でも取りに戻ってきたのだろうか。そう思いながら、私は扉へと歩みを進めた。
#魔法
しろのね
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ちょん
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コメント
1件
夢の中の「あなた」との温かさと、覚めると涙が伝う切なさの対比がすごく繊細で、胸が締め付けられました。特に「車」という言葉に違和感を持ち、記憶の霧が濃くなる感覚――リリーの中に消せない何かがあるんだなと想像が膨らみます。ミーシャの元気なキャラも可愛くて、親友の掛け合いがほっとする時間でした。続きがすごく気になります。