「終わった」
この長く辛い戦いが終わった時、僕はそう感じた。疲れていたのか、他に言葉が思い浮かばなかったのか、はたまた別の訳か、それしか感じなかった。
ゆっくりと荒れた呼吸を整えて、辺りを見渡せば、少し冷えた風が僕の横を通り過ぎる。
半壊してしまった建築物、崩れ散らばる瓦礫、倒れた葉のない樹木、平和な日常とは異なる見るはずのなかった景色が目の届くすぐそこにあるのに、今日も風が吹く街だと思った。
のどかに風を感じていれば瓦礫の山と化した戦場の中心に、諸悪の根源であるフョードル・ドストエフスキーが膝を付いていることに気付いた。
覚悟を決めて男に近付けば、男がこちらに手を出してくる気配はなく地に付けた膝や掌には硝子が刺さり血が流れている。
「武装探偵社はお前なんかに負けない」
返ってくる言葉はない。
きっと彼は正解を貫いたのだろう、自分が考え出した正解を。僕だってそうだ、この街を__横浜を守ることこそが正解だと思い貫いた。これは決して正義などでは無い、正解が必ずしも正義だとは限らない。福地桜痴がやったように悪こそが正解の時だってあるのだ。今回の事もドストエフスキーにとっては正解だったのだろう。
「…大丈夫ですよ」
自然と出てきた先程までの自分とは矛盾する優しい言葉で、自分の今の気持ちに気付いた。そうだ、僕は今、彼を守ろうと思ってしまっている。心優しい街の人たちと、同じように思ってしまっている。
彼の前に屈むと、彼は不思議そうに僕の顔を見た。だがそれを無視して出来るだけ優しく彼の手首を掴み、刺さっていた硝子を抜いていく。一つ、また一つ、と抜くたびに聞こえてくる、痛みによって出された呻き声に「ごめんなさい」と何度も謝罪の言葉を零した。
__
刺さっていた硝子がなくなった彼の掌は、綺麗になるわけでもなく、ただ赤かった。時折、傷口からこぽり、と血が溢れてきては更に彼の掌を、地面を、真っ赤にして水溜まりを作る。
彼の血であるはずなのに、これは誰の血だろう?どれほどの人が血を流したのだろう?と疑問が湧いてきた。
「あの、」
「何です」
「僕は生きていてもいい人間だと思いますか?」
問えば、彼はまた不思議そうな顔で、何も分からないという顔で、僕を見た。
「何故、それをぼくに?」
「分かりません。でも、貴方に聞きたいと、貴方に許してもらいたいと思って」
「…そうですか」
許してもらえる言葉は返ってこなかった、そして反対される言葉も返ってはこなかった。たくさんの人に血を流させた上で、犠牲にさせた上で、街を救ったなんて宣われる僕は生きてもいいのだろうか…?
そう思えば、全ての主因である彼に聞いてしまっていた。何故彼に聞いたのかなんて僕にも分からなかった。太宰さんや乱歩さんなら分かったのだろうか?
__嗚呼、でも、もしかしたら、
「貴方にだからこそ、許してもらいたかったんだと思います。貴方に許された僕は、きっと生きてもいい人間なのだと思えてきてしまうから。」
__今は何も言われなくたって、何者にだろうと、どんな相手からだろうと、必ず彼を守り、その時こそ『生きていてもいい』と許してもらおう。