テラーノベル
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1話
五時間目の美術の授業。課題は「自画像」だった。
手鏡の中に映る自分の顔をこれでもかと見つめ、それを画用紙に模写する。俺にとって、それはただの苦行でしかなかった。
鉛筆を持つ手が止まる。鏡の中の目が、やっぱりどうしても気に入らない。鋭くて、冷たくて、我ながら嫌気がさす。
周りの奴らが「髪型むずいわー」なんて言いながら楽しそうに描いている声を背中で聞きながら、俺はそっと席を立った。
「体調が悪いので、保健室に行ってきます」と先生に嘘をつくのは、驚くほど簡単だった。
誰もいない静かな廊下を歩き、保健室のドアを引く。
ガラガラ、と間の抜けた音が響いた。
室内はカーテン越しの日差しが柔らかく差し込んでいて、静まり返っている。指導教員の姿はなかった。
「….先生、いないのか」
誰もいないなら、適当なベッドでチャイムが鳴るまで時間を潰そう。そう思って奥へ足を進めた、その時だった。
「あ…..。こんにちは」
いちばん奥のベッドのカーテンが少しだけ開いていて、そこからひょっこりと顔が覗いた。
同じ学年の制服。だけど、見たことのない顔だ。
色素の薄いふわふわとした髪に、何より目を引いたのは、その目だった。きゅるんとした、目尻が優しく下がった綺麗なタレ目。
俺は一瞬、気まずさに足をとめた。
「あ、ごめん。先客いたんだ。…先生は?」
「先生なら、さっき職員会議に行くって出ていっちゃったよ。しばらく戻らないって」
「そっか….。じゃあ、俺、出直すわ。邪魔したな」
自分のこの目で睨む形になって、相手を怯えさせては悪い。そう思って踵を返そうとした時、後ろから「まって!」と柔らかい声が降ってきた。
「待って待って、行かないで!誰もいなくて退屈してたんだ。僕、藤澤涼架。君は?」
「…..若井。若井滉斗」
「若井くん、か。ねえ、もしよかったら、そこの丸椅子に座ってよ。おしゃべりしよう?」
藤澤と名乗った男の子は、ベッドの上にちょこんと座り直して、ふにゃりとタレ目をさらに下げて笑った。
あまりにも普戒心のないその笑顔に、俺は気を抜かれてしまう。促されるまま、ベッドの横にある丸椅子に腰を下ろした。
間近で見る藤澤は、どこか儚げだった。肌が驚くほど白い。
藤澤は俺の顔をじっと見つめてくる。じーっと、品定めでもするような真っ直ぐな視線。
俺は居心地が悪くなって、思わず顔を背けそうになった。
また「怒ってる?」とか「怖い」とか言われるんじ ゃないかと、奥歯を噛み締める。
しかし、藤澤の口から飛び出したのは、予想もしない言葉だった。
「..ふふ、やっぱりカッコいいなぁ」
「は?….何が?」
「若井くんの目だよ」
「….俺の、目?」
聞き間違いかと思って、俺は藤澤の顔を見返した。藤澤は嬉しそうに目を細めて、自分の目尻を指先でなぞ る。
「うん!すっとしてて、なんか、猫みたい。気高くて綺麗な野良猫。僕、自分の目がタレ目で締まりがないからさ、若井くんみたいなシュッとした目、すごくカッコいいなって思うんだ。羨ましいな」
「猫…..って、怖くないのかよ。俺、よく睨んでるって勘違いされるし」
「ええ?全然怖くないよ。むしろ、吸い込まれそうな綺麗な目じゃん」
心の底からそう思っているような、曇りのない声だった。
ずっとコンプレックスだった自分の目を、そんな風に真っ直ぐめられたのは初めてだった。心臓の奥が、どくんと大きく跳ね上がる。顔が熱くなるのを隠したくて、俺はわざとぶっきらぼうに話題を変えた。
「….お前こそ、授業は?お前も、授業、サボりか?」すると藤澤は、「あはは!」と鈴が転がるような声で笑って、頭の後ろで両手を組んだ。
「あはは、バレちゃった?僕はね、ちょっと日差しが強くてクラクラしちゃってさ。サボりっていうか、自主的避難!」
「自主的避難って…..お前、言い訳の天才だな」
「もう、言い訳じゃないよー。本当にちょっと、ね?体がびっくりしちゃっただけ」
藤澤は冗談めかして笑う。
だけど、俺は彼の胸元が、かすかに不自然なほど激しく上下しているのを見逃さなかった。よく見ると額にはうっすらと冷や汗がにじんでいる。
日差しに当たっただけで、こんな風になるだろうか。
「…..本当に大丈夫なのか?顔、白いぞ」
「大丈夫、大丈夫!いつものことだから。それより若井くんのサボりの理由は?具合悪いの?」
「俺は….」
俺は少し躊躇ってから、小さく息を吐いた。この不思議な空気を持つになら、なぜか本当のことを言ってもいいような気がしたのだ。
「美術の授業で、自画像描いてて…..鏡で自分の顔見るのが、嫌になっただけ」
「えっ、こんなにカッコいいのに?」
「カッコよくねえよ。自分の目が嫌いなんだ」
吐き捨てるように言うと、藤澤は少しだけ驚いたように目を見張った。そして、今度はそっと包み込むような、優しいタレ目で俺を見つめる。
「そっか。自分の顔って、自分が一番厳しく見ちゃうもんね」
「….お前は、自分の顔好きなのか?」
「うーん、僕は見慣れちゃったかな。でも、若井くんにそうやって本当の気持ちを話してもらえて、なんか 嬉しいな」
藤澤はそう言って、ベッドから足をぶらぶらと揺らした。その仕草はどこまでも無邪気で、ふわふわとし綿毛のようだ。
「ねえ、若井くん。これからさ、僕のこと『涼架』って呼んでよ」
「は?なんで急に」
「だって、僕たち『サボり仲間』でしょ?秘密を共有した仲じゃん」
悪戯っぽく笑う涼架。
窓から差し込む夕焼け一歩手前の光の中で、涼架のタレ目が愛おしそうに揺れているのを見て、俺は生まれて初めて、自分のツリ目も悪くないかもしれない、なんて、柄にもないことを思っていた。
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コメント
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新連載待ってました🎉 学生な2人の今後の展開、楽しみにしてます🥰
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174
じゃむじゃむあっぽー🍏
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