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「では、『東の村』まで―――
よろしくお願いします」
私がぺこりと頭を下げると、30名ほどの集団が
同じように頭を下げたり、手を振ったりして応える。
「じゃあ行ってきます」
「あっちの村でも風呂や美味いメシがあるんだろ?
仕事で行けるんならそりゃ行くって」
ロンさんとマイルさんが、私に向かって気軽な感じで
声をかけてくる。
この一団は、『東の村』への遠征組である。
ギルド長と話し合っていた、『詰め所』が
出来た事で―――
そのために冒険者ギルドのメンバー、そして
ドーン伯爵様の私兵がそこへ向かう事となった。
ギルドメンバーはブロンズクラスが15名、
男女混合。
伯爵様の私兵が10名、そして……
「シンおじさん!!」
視点を声のした方へ落とすと、10才くらいの
子供たちがいた。
すっかり顔見知りになった、孤児院の子たち。
彼らも『東の村』へ向かうメンバーだ。
賊の襲撃から10日ほど経過し、『東の村』の
知名度も広まって、段々と冒険者、商人、旅人が
村へ立ち寄るようになってきたのだが……
『足踏み踊り』を経験した事のある人は、
やはりお風呂とセットでないともうダメな
体になってしまっているらしく、要望が殺到。
そこで彼らが、村の子供たちへ『足踏み踊り』を
教えに行く事になったのである。
本来、もっと早めに派遣する予定ではあったのだが、
クラウディオさん、オリガさんから襲撃の可能性を
示唆され、さらに現実に村が襲われた事で―――
安全が確保されるまでは延ばしていたのである。
つまり、今回村へ向かう25名の大人のメンバーは、
子供たちの護衛も兼ねていた。
「ちゃんと大人の人たちの言う事聞くんですよ。
気を付けて行ってらっしゃい」
院長先生であるリベラさんも見送りに来て、
子供たちを気遣う。
「はーい!」
「わかったー!!」
こうして遠征組を見送ると―――
私は報告のために、ギルド支部へと戻った。
「おう、見送りご苦労さん」
いつものように支部長室へ招かれると、
部屋の主であるジャンさんが座っていた。
「え、えーと、お茶です」
そこへぎこちなく現れたのはメルさんで―――
不慣れな手付きで、テーブルの上にお茶を置く。
「あの、案内してくれたのもメルさんでしたけど……
ギルド職員になったんですか?」
彼女は確か冒険者ギルドに登録している、
ブロンズクラスのメンバーだったはず。
それがどうして職員の制服を着て、ミリアさんの
ような真似を?
おずおずとたずねると、彼女からは、
「それは私が聞きたいですよ~……
何か来るなり、いきなり制服渡されて
着ろって言われるし、手伝わされるし」
「今職員が足りてねえって説明しただろ。
町の住人に募集もかけているけどよ、
特に女性職員は少なくてなあ」
ギルド長の説明に、私は割って入り―――
「えと、ギルドの登録者って増えていたんじゃ」
「『登録者』ならその通りだ。
で、そいつらの面倒を見る職員が不足している。
そのおかげでミリアの仕事が増えまくってな。
レイドもサポートに回ってるが」
なるほど。それでいつも秘書のような役割をしていた
彼女がここにいないのか。
「ちなみに、現在のギルドの登録者って
何人ほど……」
「この前100人を超えた。
そのうち、80人以上がブロンズクラスだ。
今日、15人ほど『東の村』へ送った事で、
少しは緩和されたと思うが……
当初は30人ほど送り付ける予定だったからな」
だが、村の人口は100人ほど―――
そこへそんなに大勢送ったら、混乱の元になる。
……くらいの計算は当然あっての判断だろう。
「ブロンズクラスで、それぞれの魔法の使い手って
どれくらいの割合でしょうか」
「正確なところはミリアに聞かないとわからねぇが、
風魔法が5人追加、火魔法なら20人、水と土なら
複数使える人間も含めて30人前後ってところだ。
攻撃に使えるヤツとなると、もっと減るだろうが」
身体強化が含まれないのは―――
出来て当たり前、という前提だからだろう。
しかし、それだけ増えたのなら……
鳥の飼育施設、水路管理、他雑用等を割り当てても
かなりカツカツになりそうだ。
いっそ、町そのものを拡張させて何か工事を
公共事業のように立ち上げて―――
何て事を考えていると、ジャンさんがその思考を
中断させる。
「オイ、シン。
何を悩んでいるか知らねえが……
俺も悩んでいる事がある。お前さんの事だ」
「はい??」
いきなりの想定外の発言に戸惑い、その先の
言葉を待つ。
「本部の連中がよ、一度お前を王都まで
連れて来いってうるせぇんだよ。
実際―――
『ジャイアント・ボーア殺し』にして、
『血斧の赤鬼・グランツ討伐』、
『ワイバーン撃墜』の実績を持つ冒険者が、
王都を目指さないってのは……
あり得ない事態だからな」
魔法能力が高い、もしくは特異な魔法を使える人間は
王都を目指す―――
この世界の息を吸って吐くような常識を、無視して
いるような状態。
長くは続けられないだろうと思ってはいたけど……
「んー……
でも、レイド君のようなケースもあるんじゃ」
「アイツの場合は、ドーン伯爵の専属にさせられそう
という事情あっての事だ。
それに、王都自体は何度か行ってるんだよ」
今は伯爵も大人しくなっただろうし―――
次期ギルド長になる事も確定している。
その時には当然、ゴールドクラスに
昇格するのだろう。
「顔見せくらいは別にいいと思っているんですが、
問題は……やっぱりアレですよね?」
「ああ、そうだ」
眉間にシワを寄せる中年と初老の男を前に、
メルさんが疑問を挟む。
「あの~、アレって何ですか?
シンさんが王都へ行くのに、何の問題が」
片手を上げて恐る恐る聞いてくる彼女に、
「グランツの襲撃以降―――
俺かシンのどちからかがこの町にいるようにした、
というのは知っているだろう?
強制ではないが、実際にこの原則はずっと
守られているんだ」
「そーですねえ。
でも、それと今のお話と何の関係が?」
メルさんの返しに、ギルド長はフー……と
いったん大きく息を吐き、
「大ありだ。
シンが王都に行くとなったら―――
俺もギルド支部の最高責任者として、
同行しないわけにはいかねえ」
それに、私のサポートにもついてもらわないと
ならないしなー……
ジャンさん抜きで、ボロを出さない自信は正直、
自分には無い。
「えええ……
シンさんだけで王都に行けばいいんじゃ
ないですか?」
さすがに町の住人であり、女性でもあるメルさんは、
グランツ襲撃の目撃者で―――
その恐怖は骨身に染みて体感しており、動揺は
隠せない。
ジャンさんはガシガシと頭をかきながら、メルさんの
提案に、
「シンがただの、ちょっとばかし将来有望な冒険者・
新人だったらそれでも良かったんだが―――
シンは有名になり過ぎた。
貴族連中がこぞって囲いに来る事は目に見えて
いるし、もし強行手段なんざ取られた日にゃ」
無いとは思いたいけど、出会った当初のドーン伯爵や
ロック男爵を見ていると、そうとは言いきれ無いん
だよなあ。
「それに―――
接待やら何やらでシンを取り込む
可能性だってある。
そうなると、シンをこの町に帰らせない事も……」
「そんなのダメですよ!
シンさんは必要な人です!!」
反発するメルさんにおお、と思う反面、
以前もこんな事あったなあ、と予測し―――
「食事だってお風呂だってトイレだって!
シンさんがいれば、まだまだ便利になると
思うんですよ!!」
うん知ってた。
とはいえ、若い女性から恋愛対象外と宣言された
ようで、心のダメージが結構くる。
「まあ自分自身、女性にモテないのは
知ってましたけど……
もしかして私、食事とかお風呂とか、
それしか無い人になってます?」
そのグチにも似た私の言う事に、2人とも
なぜか無表情になり、
「……なんだ、シン。
俺はてっきり、お前はそっちには興味が
無いのかと」
「いやいやいや!
男なんですから、そりゃ少しはありますって!
ってまあ、ちょっと話がズレましたが……
王都へ行くのは、今のところ無理って事で
いいんですね?」
ジャンさんはそれを聞くと、腕組みをしながら
ソファに座り直し、
「俺とお前と同等か、それ以上のヤツがもう1人
いればなあ。
安心して町を任せられるんだがよ……
しかし、今までのらりくらりとかわしてきたが、
王都の連中もしつこく―――
近々、結論を出さねばならん。
どこまで時間稼ぎが出来るか、だな」
その後、私は町やギルドの方針などをいくつか
話し合った後―――
王都行きに関しては動きがあればその都度連絡する、
との事で、部屋を後にした。
ジャンドゥとメルは、そのまま支部長室に残り―――
しばらく事後処理や書類整理、手続きの確認や承認に
追われたが……
それらが一段落した後、ギルド長が口を開いた。
「……なあ、メル。
シンってモテないのか?」
すると彼女は素早くギルド長の対面に座り、
「そンな事は無いと思いますよ?
異性から見たら確かに歳は食ってますけど―――
強いしお金持っているし、普通に誰にでも優しい
人ですし。
ただ、ギルド長が言った通り、そっちには
興味が無い人なのかなーってイメージが」
「俺もリベラと話した事があるんだが……
もしアイツがいつまでも身を固めないつもりなら、
チビたちの中から何人かみつくろって、って事も
考えていた。
実力も人格も問題ねぇしな。
もちろん当人の希望を最優先するけど」
彼女は自分がお客様用に用意したお茶を、勝手に
淹れて飲み始め―――
「シンさん、子供たちにも人気ありそうですもんね」
「そりゃなあ。
チビたちに新しい仕事や食事を与えたのは
アイツだし―――
何より、誘拐もアイツが食い止めてくれた。
まぁ今のところ、孤児院の女性人気はあの、
バンってヤツ一択だが」
「あー、あの美形さんですか。
そりゃ仕方無いデスよ」
遠慮なくお茶菓子まで食べ始めたメルに対し、
彼はアゴに手をあてて、
「……メル、お前はどうなんだ?」
上司の言葉に、今度は彼女が腕組みをして、
「ん~……
そりゃ狙えるなら狙いたいですけどぉ~。
ずっと大事にしてくれそうだし」
「なら狙えばいいじゃねぇか。
ギルドとしても、この支部のメンバーと
身を固めてくれりゃ言う事なしだぜ」
ジャンドゥはそれを推し進める方向で彼女の
背中を押すが、それに対しメルは両目を閉じて、
「それはそーなんですけどねえ……
確か以前、アルテリーゼさん? でしたっけ?
ドラゴンさんにも迫られていたじゃないですか。
アレと張り合うのはちょっと」
うーむ、とギルド長が深くソファに腰をかけ直すと、
ドアではなく窓の方から、
「あら、我は構わぬぞ?
強いオスが複数のメスと子孫を残すは、
自然の摂理であろう?」
2人が声のした方向へ同時に振り返ると―――
開かれた窓のその先に、彼女がいた。
「建物に入る時は、ちゃんと入口から入ってくれ」
呆れるギルド長の言葉に構わず、アルテリーゼは
室内に降り立つ。
「面白そうな話が聞こえたので、つい、な。
シン殿はここにいると聞いたのだが―――
すれ違ってしまったかな?」
「多分、宿屋『クラン』に戻ったと思うぞ?
そういうあんたは、ここへは何しに?
シンに会いに来たのか?」
すると、彼女は空中に身を浮かせ、
ジャンドゥとメル、2人の対角線の
ソファに座る。
長い黒髪をなびかせ、細い東洋系のような目から、
視線が室内の男女に泳ぐように流れる。
「それもあるが―――
シン殿の作った料理、アレが我らが巣で人気を
博してのう。
特に調味料が絶品でな。
人間でいうところの学者肌の者がいるのだが、
作った者に会わせてくれとうるさくて。
それで連れて来たのだが……」
「そ、その人はどこに?」
メルが職員として、町に関する安全上の疑問を
問うと、
「ああ、シン殿の泊まっている宿屋で待たせて
もらっているはず……っと、こら、わかった、
もう出て良いから」
アルテリーゼは質問に答えながら、胸やお腹に
手を当てると、そこからもぞもぞと服の中から
小さなドラゴンが顔を出した。
「ピュイィ♪」
「ん? そいつがシンが助けたっていう子供か?」
「何コレ、か、可愛い……♪」
その頭を母親の胸と顔に当てて、猫のように
体をこすりつけて甘える。
「今回は、この子も連れて来ようと思っていたのだ。
いずれあの男と暮らすのであれば、人間の生活にも
慣れておいた方がいいと思ってな。
それで、彼について話していたのは……
シン殿のつがいの数についてだけか?」
「いや、一度王都へ顔を出さなきゃならんって
事を話していた。
ただそれには問題があってな」
我が子を胸の中心に置くように抱くと、
アルテリーゼは興味があるのか先を促す。
「問題とは何だ?」
「……あんたに言っても意味の無い事だが、
この町は以前盗賊に襲われていてな。
その時は俺がいなかったが、シンがいてくれた
おかげで助かったんだ。
それ以来、俺かシンのどちらかが町に残る事に
なっていて―――」
「……あ」
メルは彼女を指差すと、それを見たジャンドゥは
二人の女性の顔を交互に見て、
「あ」
その光景を見ていたドラゴン(人間Ver)は、
何度かまばたきをし、
「な、何だ??」
「ピュィ?」
戸惑う彼女を前に、ギルド長はずい、と顔を
突き出して、
「……あんたに頼みがある。
シンのためになる事なんだが」
「ほう。それは実に興味深いな。
いいだろう、話してくれ」
一方、宿屋『クラン』―――
「うまい! 美味い! 旨い!!
あ、貝はいっぱいあるんですよね!?
それのフライと天ぷら、あと3つずつ
お願いします!!」
私が宿屋へ戻ると……
銀髪よりも白い髪をなびかせた女性が、
美人であろうその顔の頬をいっぱいに膨らませ、
食事を詰め込んでいた。
服装はパレオというか、一枚の布を巻きつけるような
感じで身を包み―――
この感じの服はここらでは珍しいが、どこかで見た
記憶があるような……
それを思い出そうとしていたところ、女将さんの
クレアージュさんと目が合った。
「あ、女将さん。この人はいったい?」
「あんたの知り合いじゃないのかい?」
首をふるふる、と左右に振って否定の意を伝えると、
「でも、この人―――
この前来たドラゴンの人? と一緒に来たんだよ」
「アルテリーゼさんが?」
「ああ。その人はあんたの不在と、多分ギルド支部に
いるんじゃないかと伝えたから―――
そちらへ向かったと思うんだけど」
じゃあ彼女とはすれ違ったのか。
という事は、この人もドラゴンなのだろうか?
一心不乱に絶賛しながら食事をする彼女に目を向け、
「ええと、すいません。
私がシンですけど……
何か用事があって来たのでは?」
「はもむっ!?」
私が話し掛けると、ビクッと体を揺らして驚く。
「はひゅへはひて!
わひゃくひ、ひゃんはるともうひまひて」
「と、取り敢えず食べ終わってからで……」
彼女はそれを聞くと、大急ぎで口の中の物を
噛み砕き、飲み込んで―――
「……ごくん。
はー……し、失礼しました。
貴方がシン殿ですね?
わたくし、シャンタルと申します。
アルテリーゼと同じ巣に住むドラゴンです……
むぐっ!?」
ドンドン、と胸を叩く彼女に、クレアージュさんが
急いでグラスに水を追加する。
「お、落ち着いてください。
それで、いったいどのようなご用件で」
すると、シャンタルさんは私の全身を舐めるように
見渡して、
「ふむふむ……
確かにアルテリーゼの言う通り、ワイバーンを
何匹も撃墜したような御仁には見えませんね。
同時に、その実力に似合わない―――
丁寧で礼儀正しい態度。
なるほど。
彼女が再婚相手にと望むわけです」
?? 確か前は、
『子供付きで良ければ狙ってくれて構わんぞ?』
くらいのものだったはずなのだが。
まあいい。
当人もこの町に来ていると言うし、その辺りは
後で聞いてみよう。
「ああ、そうです。用件でしたね。
是非とも、貴方の持っている料理や調理、
その技術―――
それを教えて頂きたいと思いまして。
特に! この! マヨネーズというのを……!」
「うーん。じゃあ作ってみますか?
クレアージュさん、厨房をお借り出来ます?」
私が話を女将さんに振ると、彼女は話の展開の早さに
ついていけないのか、テーブルの上と私の顔を交互に
視線を行き来させ、
「え? い、今すぐ、ですか?
材料あるんですか?」
「今まで食べてたんだから、材料は揃っているさ。
それより、ここでは人間の姿でいておくれよ」
彼女はエプロンの位置を直すと、達観したように
口を開き―――
私とシャンタルさんへ、奥への移動を促した。
「お、おおお……何と、これは……!
加熱すれば固まったり、粘着するものがあるのは
知っているが―――
混ぜるだけでこうも別の物質になるとは!」
自分が作ったばかりのマヨネーズを見て、
シャンタルさんは感動と驚きの声を上げる。
「このままでも美味しそうですが―――
生ではダメなんですよね?」
「はい。正確には卵といいますか、卵のカラに
菌が付いている可能性がありまして」
そう。問題となるのはサルモネラ菌だが、それは
卵の中にはいない。カラに付着しているのだ。
(ごく稀に中身に感染している場合もあるらしいが)
確率的には非常に少なく、確か1万個につき
1個くらいの割合だと言われている。
ただ、その毒性が非常に強くシャレにならない。
「塩素水か、殺菌出来る何かがあれば、ナマでも
食べる事が出来るんですけどね……」
「エンソスイ? キン?
それは一体どのようなもので……」
ドラゴン―――というか、異世界に取っての未知の
ワードなのだろう。
しかし、興味を示し、食いついてきたのはジャンさん
以外では彼女が初めてのような気がする。
「つまり、目に見えないくらい小さな生き物が、
卵に憑りついて悪さをしているんです。
熱を通せばたいがいは死にます。
だから昔の人は本能と経験から、焼けば安全だと
知ったんでしょう」
それを聞くとシャンタルさんは、いつの間にか
眼鏡を掛けて卵をまじまじと手に取って見つめ、
「ふむ、なるほど……
そのキンとやらは生き物、とすると―――
焼却や茹でる以外に、生き物を滅する方法が
見つかればいいわけですね?
うへへへへ……研究意欲が湧き起こってきました」
何かパックさんに似た何かを感じる。
彼も彼で学者というか研究者のようなものだし。
共通するものがあるんだろうか。
「わたくしに実験出来る場所を用意して
くれませんか!?
卵さえあれば研究に……!」
シャンタルさんの勢いに、思わず私は両手の手の平を
彼女へ向け、
「いやあの、確かに卵用の施設はありますが、それは
町の料理や病人食のためなんです。
あまり実験に回す余裕は」
「いや卵ならですねごっ!?」
彼女は両手を頭の上に支えるように持っていき、
痛みにもだえる。
「……何をしてるんだ、シャンタル」
そこへ現れたのはもう1人のドラゴン、
アルテリーゼさんだった。
シャンタルさんが持っていたのを受け止めたの
だろう、卵を片手に持って―――
「アルテリーゼさん、お久しぶりです」
「ああ、シン殿。
我もご無沙汰している。
そちらはそちらでなかなか忙しかったようだな?」
恐らく、ギルド長やメルさんから近況を
聞いたのだろう。
そして、頭を抱えたままのシャンタルさんへ
振り返ると、
「その様子だと、お土産も渡していないな?
何しに来たんだ、まったく……
まあ我も前回の事(18話)があるから
言えたものではないが」
「お土産?」
ようやく回復したのか、シャンタルさんが上半身を
起こし、
「あ、そうでした。
シン殿がアルテリーゼに頼んでいた物の数々、
いくつかは似たような物を見つけたので、
持ってきていたんです」
しかし、そんな手荷物はどこにも無かったような
気がするが―――
と思っていると、
「コイツと我とで、ドラゴンの姿で
持ってきたのでな。
近くの森に置いてある」
「え? それってつまり今、放置状態って事じゃ」
「頑丈な箱に入れてきましたし、何よりドラゴンの
匂いのする箱に近付こうとする魔物や動物は、
めったにいませんよー」
シャンタルさんの説明に、それもそうかと
納得し―――
取り敢えず冒険者ギルドで人を集い、
その『お土産』を回収する事にした。
そして、何とかギルドにいたメンバー数十人で、
町に持ち込んだのだが……
おおまかな内訳によると、
・いくつかの果実(成っている木ごと)
・いくつかの植物(大量)
・何頭かの魔物・動物(生きたまま)
他、ドラゴンの巣にあった鉱物や薬、人から
もらった物や討伐者を返り討ちにして奪った
物など、多数が渡された。
「伝説級の武器までありやがる……
王都から鑑定持ちを呼ばねぇと」
と、ジャンさんが頭を抱え―――
「査定ですか? 無理です♪」
御用商人のカーマンさんが早々に職務を放棄し、
「うへへへへへ研究対象がたぁくさぁん~♪」
「おお、わかりますか人間よ!
この探求心をくすぐる物の数々がうへへへへへ♪」
知識が豊富な事で呼ばれたパックさんが、
シャンタルさんと意気投合するのを、
レイド君、ミリアさんと見つめていた。
「すいません、ミリアさん。
仕事を増やしてしまって」
「まあ今回増えたのは、ブロンズクラスのお仕事
ですし、それはそれで助かります。
シンさんさえ良ければ、『お土産』の見張りと
管理、運搬要員としてしばらく雇っておいて
あげて欲しいんですけど……」
懇願するような目をこちらに向け―――
さらに彼女の背後で私を拝むようにレイド君も
頼み込んでくる。
「原因は私ですからそれは構いません。
それはそれとして……
アルテリーゼさんたちの持ってきてくれた、
『コレ』は……」
視線の先には、アルテリーゼさんと、その足元に……
鳥のような何かが立っていた。
体長、頭まで約80cmほどの大きさは、地球でも
決して珍しいサイズではない。
問題は―――
「頭、2つあるんですね……
魔物ですか?」
「別に火を吐いたりとか、妙な魔法を使ったりは
しないぞ?
多産系の鳥を探していると言っていたではないか。
それで、この『プルラン』を持ってきたのだ。
こいつはこれで番でな。
産卵は7日に1回程度だが、一度に20個前後
産むのだ」
なるほど、雌雄同体というヤツか。
鳥はともかくとして、そういう生き物なら地球にも
いたのだから、こちらにいてもおかしくは無い。
しかし、7日で20個ほどという事は、1日あたり
2、3個―――
現状、統計では100羽で1日5~8個だから……
コスト的にはかなり改善される事になる。
「エサは何を?
あんまり特殊な物だと用意出来ないのですが」
「えーっと……
オイ! シャンタル!
こういった説明はお前の仕事だろう!」
大声で呼ばれた彼女は慌ててやってきて、
「エサですか?
鳥なので基本雑食です。
こちらで飼育している野鳥と大差無いかと。
問題は体の大きさですが、穀物だけでも大丈夫と
思いますので」
なるほど。それなら飼育は問題無さそうだな……
「あと、『パンを作る穀物に似ているが、実るとより
穂先が重みで垂れる』―――
これだと思うんですが、どうでしょうか」
彼女の手に握られていたそれは、地球でいうところの
『稲穂』に酷似していた。
時期的にも秋近くだし、今あってもおかしくない
季節ではあるが―――
「あのこれ、どれくらいあります?」
「結構大量に持ってきました。
巣の近くの湿地帯にいっぱい自生して
おりましたので」
ドラゴンの言う近くというのがどれくらいの
距離かわからないが、とにかくそれを受け取る。
「じゃあ、それを―――」
私と何人かに手伝ってもらって、ある職人さんの
ところまでそれを持って行く。
実はこの時のために職人さんにオーダーメイドして
あったのがいくつかあるのだ。
クシのような脱穀機と鉢とすりこ木のような棒……
これで玄米までは加工出来る。
そして戦時中の事を描いた漫画で得た知識で、
確かビンに玄米を入れて、棒で突くと精米出来た
はず―――
とにかくそれをやってみる事にした。
まずは江戸時代の道具のような大きなクシ状の
もので、稲の穂先からもみを落とす。
それを鉢のような容器に入れ―――
すりこ木のような棒で突きまくる。
もみ殻が取れてきたら、それをフッと息で飛ばす。
機械のように完全にはいかないだろうが、これで
玄米が出来上がった。
そして、カーマンさんに発注していたビンのうち、
いくつかを精米用に確保しており―――
そこに玄米を入れ、棒で中をつつく。
念のため1時間ほど……
ようやく、手伝ってくれている他の人の分も含め、
6・7合ほどの『米』が出来上がった。
もっとも『白米』にはほど遠いが―――
「ずいぶんと手間をかけるものなのだな」
「そのまま食べるわけにはいかないのですか?」
自分たちが持ってきた物が加工されていくのを、
興味深く見つめているドラゴン2名。
町の人も、興味津々で私の動作を見守る。
「まあ見ててください。
これから『炊く』ので」
ここからはアウドドア歴10年以上の私の
腕の……文字通り見せ所だ。
本来であれば、30分か1時間ほど水を吸わせた
方がいいのだが―――
待ちわびているであろう人たちを待たせるわけには
いかない。
まずは米を研ぐ。何度か水で洗い、捨てるのを
繰り返し―――
そして鍋に米を平らにして入れ、水は手の平を
米に付けた時の手首が隠れるくらいに入れる。
火をかけ、沸騰してもしばらくそのまま、
その後少し火力を落としたままにして、
さらにその後また火力を落として弱火にして……
「何か、いい匂いッスね」
「初めての匂いです」
レイド君&ミリアさんが感想をもらす。
そろそろ炊き上がる―――
と思ったその時、私は次の指示を出す。
「宿屋『クラン』へ、チキンカツか鳥の天ぷらを
作ってもらうよう、お願いします!」
その号令に何人か走っていき、そしてついに
この異世界で初めて『米』が炊き上がった。
まずは集まった面々に味見してもらうが、
「んー……まずくは無い、かな?」
「ほんのり甘いですけど、これといって」
そこで炊き上がった米を宿屋『クラン』まで
持ち帰り、
「ああ、シンさんか。
カツと天ぷらは出来てるよ……って、
何だいそれ?」
「これはですね、こうして……」
困惑する表情のクレアージュさんを前に、
まず炊いたお米を器へ入れ―――
その上に揚げてもらった油物を乗せ、さらに
焼きマヨネーズをかける。
それらをアルテリーゼさん、シャンタルさん、
ギルド長・レイド君・ミリアさんの分を作り、
差し出す。
「ん? 我も良いのか?」
「わたくしも……ですか?
何と言いますか、すごく美味しそうな匂いが」
「お2人に持ってきてもらったものですので、
まずは試食を。
3人にも、ギルド代表としてお願いします」
そして5人は恐る恐る食べ始め―――
「!!」byアルテリーゼ
「これは……!?」byシャンタル
「うぉ!?」byギルド長
「マジスか!!」byレイド
「何コレ!?」byミリア
と、口々に驚きの言葉を出したかと思うと、
暴風のように一気に食べ切り、
5人は至福の表情を―――
それを見ていた周囲は羨望の眼差しを向け……
そして当然私は手伝いをしてくれる人間と共に、
精米と炊飯に追われる事となった。