次の日
相変わらずあの日から、玄関の前には誰もいない
迎えに来る人影も、
インターホンの音もない
それなのに、
胸の奥は不思議と静かだった
昨日までの重たさとは、
すこし違う
玄関を出ると、
朝の空気が思ったより冷たくて、
頭がすこし冴えた
ひとりで歩きだす
この道は、
もう何度も通っているはずなのに
今日は、景色が違って見えた
昨日のことが、
何度も頭をよぎる
「少しだけ」
そう言ったときの、
若井の顔
気まずさが消えたわけじゃない
正直、
今日は顔を合わせるのが
すこし怖い
また何も話せなかったら
そんなことばかり考えて、
足取りが重くなる
それでも、
引き返したいとは思わなかった
曲がり角が見えてくる
あの日、
一緒に帰った場所
立ち止まりそうになって、
小さく首を振る
もう、
下を向くのはやめようと思った
深呼吸して、
顔を上げる
空は、
いつもと同じ色だった
なのに、
なぜか昨日より
少しだけ明るく見えた
学校が近づくにつれて、
心臓の音が大きくなる
あったら、
どうしよう
なにを言えばいいんだろう
答えは出ないまま、
校門をくぐる
それでも、
胸の奥に残っていたのは
不安よりも、
ほんのわずかな期待だった
昨日で、
なにかが終わったわけじゃない
たぶん、
はじまったとも言えない
でも
この距離を、
もう少しだけ
歩いてみたい
そう思いながら、
僕は昇降口へ向かった
教室の前で、若井と目が合った
ほんの一瞬
どっちから声をかけるでもなく、
気づいたら、同時に目をそらしていた
……やっぱり、少し気まずい
でも、その気まずさは、
昨日までのものとは違った
胸の奥に、いやな重さはなくて、
代わりに、落ち着かない感じだけが残っている
席につく
隣の席に、若井が座る
「おはよう」も、なにももない
ただ、椅子を引く音と、
カバンを置く音だけがした
それなのに、
前より少しだけ、距離が近い気がした
授業がはじまる
ノートを開いて、
先生の声を聞く
黒板の文字を書き写しながら、
ふと、隣が気になってしまう
視線を向ける前に、
若井がペンを落とした
同時に、顔を上げる
また、目が合った
今度は、
すぐにそらさなかった
若井は、
ほんの少しだけ、困ったみたいに笑った
それだけで、
胸の奥が、静かにあたたかくなる
休み時間
若井は、いつもみたいに
クラスメイトに囲まれていた
でも、前ほど騒がしくない
ときどき、こちらを見る視線を感じる
話しかけては、こない
でも、完全に無視されているわけでもない
その距離が、
なぜか心地よかった
昼休み
一人で席に座っていると、
若井が、ゆっくり近づいてきた
何か言うのかと思って、
少し身構える
でも、若井は何も言わず、
ただ、机の上に教科書を置いただけだった
隣に座る
それだけ
正直、お昼に誘ってくれると思った
けど、言葉がなくても、
一緒にいる時間が、ちゃんと流れている
前なら、
それだけで落ち着かなかったはずなのに、
今日は、不思議と平気だった
放課後
帰る準備をしていると、
若井が立ち上がる気配がした
一緒に帰る、とは言われなかった
でも、
自然と隣を歩いていて、
少しだけ歩く速さを合わせてくれているのが、 分かった
曲がり角に着く
一度、立ち止まって、
どちらからともなく、足を止める
沈黙
気まずさは、まだある
でも、逃げたくなるほどじゃない
o「……また、明日」
自分でも驚くくらい
自然に声が出た
若井は一瞬きょとんとして、
それから、いつもの笑顔より、
少しだけやわらかく笑った
w「うん」
それだけ
でも、その一言が、
胸の奥に、ちゃんと残った
家に向かって歩きながら、
空を見上げる
上をむくことを、
もう意識しなくてもよくなっていた
気まずさも、不安も、
全部なくなったわけじゃない
それでも、
昨日より、ほんの少しだけ、
前に進めた気がした
それで、十分だった
家に着いて、
靴を脱いだところで、
ふと気づいた
今日一日、
若井が隣にいない時間のほうが、
少なかったことに
もし、明日
もう一度「また明日」って言えなかったら
そう考えただけで、
胸の奥が、少しだけざわついた
……なんでだろう
その答えを、
まだ知らないふりをして、
僕は部屋の電気をつけた






