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「もうっ蘭ちゃんなんて知らない!」
そう目の前で泣き喚くのは、ダラダラと恋人ごっこを続けている女。
滅多に我儘を言わず、このように面倒な女ではないから今まで関係が続いていたというのに。「あ〜? ギャーギャー喚くんじゃね〜ようっせ〜なぁ」なら勝手にしろ、と泣いてる女を放置してその場を後にする。
自分の見た目が良い事は昔から自覚している。
今までは女がいたから…何となく、何となくだが別の女と関係を持つ気にならなかっただけだ。
その気になればアイツが居なくとも、性欲だって、あるのか分からねえが寂しさだって解消できる。オツキアイをする時にも直接言ったが面倒な女は嫌いだ。
仕事の、ボスや竜胆の邪魔になるなら、そんな存在は要らない。
*
「…蘭。 お前、最近帰ってないな」執務室で書類を捌いていると鶴蝶がやってきた。
手に持つ束をみると追加の書類のようだ。 ウケる。「ん〜………。 まァ、いま立て込んでるしなぁ。 それも貰ってやるよ」視線を向けるとすまん、と呟きながら鶴蝶がデスクに置いた。やっぱ怠くなってきた。
あとで竜胆に手伝わせるか。「そろそろ帰らないと、彼女が寂しがるんじゃないか?」鶴蝶は何気なく言ったのだろう。 こいつはどっかのヤク中みたいに性格の悪い奴じゃねえ。
黙る自分に対して、鶴蝶はしまったとでも言うかのように口早に言葉を続ける。「もしかして、喧嘩中か…? す、すまん。 突っ込んだ質問を…」なんで鶴蝶が謝ってんだ?
謝る理由なんて、どこにもないのに。「さぁな。 …喧嘩中じゃなくて、そんな奴もういねーかもよー?」反社会的組織にある自分にとって、そんな存在は仕事の邪魔でしかない。 敵対する人間にとっては真っ先に狙う弱点になるから。
梵天としても、居ないに越した事はないだろうと顔を上げると鶴蝶はキョトンとしていた。「なに、その顔」思わずコチラが顔を顰める。
そんな自分に対し、鶴蝶は当たり前のように言った。「いや、別れるなんて有り得ないだろ。 …だって蘭ーーー」
*
「はぁ? 全然進んでねーじゃん!」どのくらいの時間が経ったのか。
気がつくと既に鶴蝶はいなくて。代わりに竜胆が目の前で吠えている。「あれ…竜胆、何してんの」そう呟くと、目の前の男は呆れたように言った。「兄貴が呼んだんだろ!」ブツブツと文句を垂れ流して積まれた書類を持つ弟。
言われてみれば、追加書類を受け取った際に萎えて呼び出したような気もする。「まあ兄ちゃんのオネガイだからなぁ、聞いてくれるよな?」可愛い可愛い俺の竜胆が断る訳もなく、ローテーブルに書類を置いて座り込んだ。「手伝うけど、ちゃんと自分でもやれよな」さんきゅ〜、なんて気の抜けた返事を返せば盛大な溜息を吐かれる。 んなもん知らねえし。 暫く不満そうな顔をしていた弟は、ふと思い出したように言った。「そういや、最近全然会ってねーじゃん。 彼女、寂しがってんじゃね?」一瞬、ほんの少しだけ手が止まった。
自分でわかるくらいの、ほんの一瞬だ。
竜胆も気づいていないだろう。「お前までんな事言う? なに、鶴蝶と一緒に兄ちゃんのこと揶揄ってんの?」二人続けて言われてしまえば嫌でも意識をしてしまう。確かに最近会ってはいないが…それがどうしたというのだ。「いや、揶揄ってなんか…つーか鶴蝶にも言われたのかよ。 ほら、みんな思ってるって。あんだけ一緒にいたのに急に距離あいたら不審に思うだろ」そう続けた竜胆は手を止めず、一度だけこちらに視線をやるもまたすぐに書類に目を向けた。「別に…なんでもねーよ」そう答えると、竜胆はそれ以上何も言わなかった。
*
適度に書類をこなし、ひと段落着いたところで切り上げる。 折角なので久しぶりに帰ることにした。
これ以上執務室にいると、鶴蝶だけでなく明石やモッチーまで何か言ってきそうだったから。ただ、それだけだ。 自宅に帰るも特にする事が思いつかなくて、テレビをつけても携帯を触っても面白くなかった。「俺、普段何してたっけ」ソファに体を倒し、天井を見上げる。
何をしていたか考えるが何一つ思い浮かばない。
仕事大好き人間という訳でもないのに。「………あぁ、」 思い返せばいつも女を見ていた。コロコロと変わる女の表情が面白くて、それを眺めているだけで時間が経っていた気がする。
少し女の事を思い浮かべただけで、何故か心が満たされるようだった。なんだか無性に、視界に入れたくなった。 ゆっくりと体を起こし、髪をかき上げる。
一息ついてから自室へ戻り、適当な服を手に取り浴槽へ向かった。
自宅から女の家まで車で十分ほど。 少し時間はかかるが歩きたい気分だった。
ボーッと空を見上げながら女の家を目指す。
最後に見た女の顔は、いつもの平和ボケした顔ではなく泣き顔だったような気がする。
女が喚いた理由は何だったかーーー何にせよ、大抵の事には腹を立てず、笑って許すあの女が珍しく怒ったのだーーー恐らく原因は自分だろう。何一つ覚えていないが。 普段怒ることのない女に、どう反応すれば良いのか分からず一瞬足が止まる。
そもそも『謝る』なんて行為はこれまで生きてきた中で実行したことがあっただろうか。
キスでもしたら許してくれないか、なんて事を考えるが何かが違う気がして、また頭を悩ませる。「どうすっかなー…」女はどこか普通とは違った。 大抵の女なら、やれ夜景の見えるホテルだのブランド物のバッグたの、とりあえず金を出せば満足した。
だが、女はむしろ怒るだろう。 無駄遣いだと。 余計に何をすれば良いのか分からないまま足を進めていると、ふと、普段なら目につかないピンク色が目に入った。「………?」店に近づくに連れ濃くなる甘い匂い。
これは製菓の匂いだ。 店の前まで行けばそこはもう甘い、洋菓子の匂いしかしなくて自分の煙草の臭いすら忘れてしまいそうだ。
店内に視線をやるも、幸いなことに客が一人もいないようだ。
大の大人、それも反社の男一人で可愛らしいと形容するような店に入るのは流石に躊躇ったが、何となく“ここ”だと思った。 店内に入ると、店員の女の甲高い声が聞こえると思っていたがそんな事はなくて、落ち着いた、少し低い声が響いた。ショーケースを覗き込めばいくつか種類はあり、順番に見ていくとあるひとつのケーキが目に留まった。「………すんません、これ、二つ」
*
女の家に来た。 暫く来ていなかっただけなのに、ひどく懐かしい気持ちになった。
ウサギチャンのイラストが描かれた可愛い箱を持っている自分をみて、アイツは似合わないと笑うだろう。
その後に中身をみて目を輝かせるんだろう。だって、オレもアイツも大好きなケーキだから。
合鍵を持っていたような気もするが、生憎今は手元にない。きっと自宅か、この家の中だろう。
まあアイツが寝ている時間帯以外はインターホンを鳴らすから、どうせいつもと変わらない。ケーキなんて買って帰ったことねーから、アイツ、驚くだろうなあ。 いつもはものの数秒で鍵が開くのに、今日は少し時間がかかった。
数分経ってからカチリ、と遠慮気味に鍵が開けられた。
いつもなら扉も開けて出迎えてくるというのに、珍しい日もあるものだ。 特に気に留めずドアを開けると、女が微妙な顔で立っていた。
何かあったかと聞くが、女は答えない。「んな事よりさぁ、いい物、買ってきてやった。 ほら、こっちこいよ」 女の横を通り抜けて定位置である座椅子に座り、手招きをする。
おずおずと近づいてくる女は相変わらず、よく分からない表情をしている。「な、見ろよこれ。 美味そうじゃね〜?」買ってきたのは自分も、女も大好きなモンブラン。 周りのケーキよりも一回り大きかったそれは、まるであの店の王様であるかのようで。自分は一目で気に入ったんだ。
好みが似ている女も必ず気にいる筈。
「………モンブラン、」 女はそれだけポツリと呟くと、まるで力が抜けたかのように床に座り込んだ。
思っていたより勢いが良かったため無意識に腕が伸びる。「っあぶねぇなあ…なに? 今日なんかあったか?」腰に手を当てた状態で再度問いかけると、少し黙ってから女は大きく息を吐いた。「…んーん。 何でもない。 飲み物淹れてくる…珈琲でいいよね?」そうヘラリと笑い立ち上がる女に今度は自分がおー、と短く返事をする。 なんだか、女の笑った顔を久しぶりにみた気がする。 もっと子供のように喜んで、抱きついてくるかと思っていたが…これはこれで有りだな。 隣に並んでモンブランを口に入れる。 期待通りの美味さに思わず顔を見合わせた。「美味しい!」そう言って笑う女がえらく眩しくみえた。 ケーキの残りが半分ほどになった時、女が口を開いた。「…蘭ちゃん、ごめんね」そう呟く女は先程みたのと同じように微妙な顔をしている。 今日は色々な事がやけに懐かしく感じると思ったら、よく分からない喧嘩をしていたからか。ゴクン、と飲み込んでから、自分も口を開く。「………俺も、ゴメン。」小さくそう返すと、女は今日一番の笑みを見せた。
ふと、鶴蝶の言葉が脳裏に浮かぶ。『…だって、蘭は彼女のこと大好きだろ』
「大好きどころか、愛してたわ。」