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サフレン家とシトロフ家の距離は馬車で半日かかるか、かからないかといったところだ。
今回、私たちは馬車ではなく早馬を使ったので、それよりもかなり早く着くことができた。 転移魔法も使えるのだけれど、魔力の消費が激しいので、なるべく使わないようにしている。
そのせいで回復魔法が使えなくて、誰かを助けられなかったなんてことになるのが嫌だからだ。
早く着いたといっても夕方になっていたので、遠慮するエルを引き止めて、シトロフ邸に泊まってもらうことにした。
レイロとの話は疲れも溜まっているので明日に変更し、今日はお母様から現在の状況を聞くことにした。
談話室で久しぶりに会ったお母様は、心労のせいか痩せ細っていた。
私とエルが無事に帰還できたことを喜んだあとは、私を抱きしめて何度も謝ってきた。
「本当にごめんなさい。母親なのに、こんなことになるまで気が付かなかったの」
「お母様は悪くありません。きっと、お姉様は昔からチャンスを窺っていたんじゃないかと思います」
お姉様は優しくて、人に意見を言えない人だった。 そのことを周りがわかっているから、口に出さなくても、お姉様の嫌がることはしなくて良いように気を付けてきた。
それなのに、婚約だけはどうにもならなかった。 それが許せなかったのだろうと、お母様は教えてくれた。
「……政略結婚なんてそんなものだよ。エイミーは自分でどうにかしようと考えたんだろうけど、やり方が酷すぎるな」
向かい側のソファに座っているエルが、とろんとした目で言うと、お母様は私から身を離して頷く。
「悔やんでばかりいてもしょうがないから、これからのことを考えていくわ。エルファスにも迷惑をかけてごめんなさい」
「……気にしなくて良いよ」
「そういうわけにはいかないわ。跡継ぎはあなたしかいなくなったのよ」
「……そうだった」
エルがため息を吐いて続ける。
「でも、ラミナさんたちのせいじゃない」
お母様同士の仲が良いため、小さい頃から一緒によく遊んでいて、レイロやお姉様も含めて四人で仲良くしていた。
そのこともあって、エルは昔から私のお母様のことをラミナさん、お父様のことをロウディさんと呼んでいる。
エルとは改めて話すことにして、今は話題を変える。
「お母様、お父様が今、どうされているか知りたいのですが」
「……妊娠の報告をした時、第二王子は怒り狂ったわ。そのせいでロウディは酷い目に遭わされたあとに牢屋に入れられてしまった。もう少しで出てこられそうだから、顔を見せてあげてちょうだい」
「それはもちろんです!」
酷い目に遭わされたと曖昧にしているけれど、きっと拷問されたんだわ。
お父様が責任を取って、苦しい目に遭っているのに、お姉様はどうして平気でいられるの。
お母様は息を吐いて話し始める。
「エイミーを追い出したのは私よ。お腹に子供がいるのに酷いことをしたということはわかっているわ。だけど、あの子の顔を見るのが苦しかった」
「私だって追い出します」
私が肯定すると、エルも頷く。
「追い出したのは妊娠初期で、兄さんに連絡を入れたんですから気にしなくていいと思いますよ」
気が付くと窓の外はすっかり暗くなっていた。
夜になったからか、覚醒したエルはお母様を慰めてから続ける。
「おかしいと思うべきだったんだよな。傷が治ったのなら戻って来てもおかしくないんだ。それに兄さんから手紙も来なかった。後ろめたくて書けなかったんだろうな」
「……そう言われればそうね。お姉様は特に戦地に戻っても良かったわ。怪我をしていないんだもの」
「兄さんだってそんな元気があるなら戦地に戻ってくるべきだ。兄さんは隊長なんだぞ。自分の仲間が戦ってるのに気にならないほうがおかしい」
「……そうね」
私だって仲間たちが残っていたら気になるし、皆も同じように残ってくれたもの。
大きなため息をついて、お母様に話しかける。
「お母様、レイロと離婚してこの家に戻ってきても良いでしょうか」
「もちろんよ。ヨハネスも喜ぶわ」
ヨハネスは10歳以上年の離れた可愛い弟の名だ。 まだ4歳だから、今、どんなことが起こっているのか理解できていない。
だから、帰ってこないお父様のことを心配していると聞いた。
「ヨハネスにはお姉様のことは何と言っているんですか?」
「悪いことをしたから、会うことができなくなったと伝えているわ。あの子は正義感が強い子でしょう。だから、納得してくれているわ」
悪い人にはお仕置きをしなくちゃ駄目だと、ヨハネスが言っていたことを思い出した。
「ロウディのことは気にしなくて良いわ。あの人は強い人だから」
「……わかりました。お母様の言葉を信じます」
悲しげな笑みを浮かべたお母様を見て、少しでも早くレイロと離婚して、家の仕事を手伝おうと思った。
******
次の日、私は眠そうにしているエルと一緒にレイロが泊まっている宿屋に足を運んだ。
「どうしてレイロはサフレン家近くの宿屋に泊まっていないのかしら」
「……エイミーと会いたくないからだってさ」
「子供まで作っておいて会いたくないって言っているの?」
「子供ができたから会いたくないんだろ」
レイロはお姉様とは体の関係だけで終わらせるつもりだったのね。
だから、妊娠したお姉様が疎ましくなったというところかしら。
私が訪ねてきたというとレイロに逃げられる可能性がある。
だから、まずはエルが話をすることになった。
「俺はアイミーが聞きたくないことまで聞くと思う。話が聞こえないところで待っててくれ」
「ありがとう。私なら大丈夫よ。それよりも朝なのに覚醒してるエルに驚きだわ」
「無理して茶化さなくていいっての」
無理矢理、笑顔を作った私に、エルは眉根を寄せて言った。
レイロが泊まっている部屋の近くまで一緒に行き、エルが部屋の中に入ったのを見届けてから扉の前に立った。
壁や扉が薄いので、中からレイロたちの声が聞こえてきた。
自分では聞きづらいことがある。
だからこそ、エルとレイロの会話を聞こうと思った。
「エルファス、会いに来てくれるなんて嬉しいよ。無事で良かった」
大好きだったレイロの声が聞こえてきた。
本当に好きだった。
別れるという意思がゆらぐことはない。
でも、涙が浮かんできた。
まだ悲しくなる自分に腹が立つ。
「兄さんも元気そうで良かったよ。今日、ここに来たのはアイミーとエイミーのことで話をするためだ。これ以上、幻滅させないでくれ。逃げずにアイミーと話をして、エイミーと生まれてくる子供のことをちゃんと考えろ」
「……嫌だ」
少しの沈黙のあと、レイロは拒否した。
「嫌だじゃねぇだろ! 何を考えてんだよ!?」
「嫌だよ! 俺はエイミーのことなんて好きじゃない!」
「じゃあ、なんでこんなことになってるんだよ!?」
「……誘惑されたんだ。エイミーが目の前で裸になったんだから、しょうがないだろ」
「しょうがないだなんて、兄さんが言っていい言葉じゃない。それに拒否する奴は拒否する」
「……ごめん」
何に対してなのかはわからないけれど、レイロはエルに謝罪した。
「誘惑された時にアイミーのことは思い浮かばなかったのかよ」
「……思い浮かんだよ。だけど、一度だけならバレないと思った」
「は? ふざけんなよ」
それってバレなければ良いって思ったってこと?
レイロは私のことを思い浮かべたのに、目の前のお姉様を選んだのね。
誘惑するお姉様も誘惑に負けたレイロも、私にしてみれば二人共に最低な人間だ。
エルに先に話を聞いてもらっておいて良かったと心から思った。