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「バレなきゃ浮気しても良いって言いたいのかよ」
「そうじゃない。エルファス、ちゃんと話を聞いてくれ!」
レイロが声を荒らげて続ける。
「二人だけの秘密なら誰も損しないし、傷付くこともないだろ。それに、そこまでしてくる女性を拒否しろって言うのか!」
「俺だったら拒否するよ。あんたは自分を正当化しようとしてるけど無駄だからな」
「正当化なんてしてない! ただ、エイミーは嫁ぎたくない人間のところへ嫁がないといけないから思い出がほしいって言うんだよ!」
お姉様はその時、本当に一夜だけのつもりで誘ったのかしら。
……もう、そんなことどうでもいいわね。
「拒否するのが普通なんだよ! 自分たちのことばかり考えやがって!」
「俺はエイミーのことを考えたんだ! 彼女はアイミーの姉なんだぞ! 妻の姉を大事にしようとして何が悪いんだ!」
「あんたたち二人共、自分のことばかりでアイミーの気持ちを考えてないだろ」
図星だったのか、言われて気がついたのかはわからない。レイロの反応が返ってこないので、エルが話を続ける。
「アイミーを言い訳に使うな! 二人が馬鹿なことをしたせいでロウディさんが責任を取らされてんだぞ! 拷問されたあとに魔法が使えない檻に入れられて、死なないように生かされてる。それを聞いて何とも思わないのかよ!」
「そ、それは……」
エルの声が怒りで震えていた。初めて聞いたお父様の現状に、私の心の中でどす黒い感情が渦巻く。
お父様が拷問されたということは予想がついていた。だけど、魔法が使えない檻に入れられていただなんて考えてもいなかった。
――回復魔法を使わせずに、怪我の痛みを長引かせているんだわ。
「本当にバレないと思っていたんだよ。僕はエイミーに騙されたんだ」
「兄さんが浮気してる間に、どれだけの部下が死んだと思ってんだ! そんな元気があるなら戦地に戻って戦えよ! アイミーはエイミーの抜けた穴を埋めるために、二部隊を掛け持ったんだぞ! 浮気させるために二人を帰したんじゃねぇ!」
正確にいうと、エルたちもレイロの穴を埋めるために戦った。新しい隊長が来るまで隊長職を兼任したのだ。隊長や後方支援のリーダーがいなくなった第11騎兵隊は副隊長だけでは統率が取れず、かなりの死傷者が出た。見兼ねたエルファスが新しい隊長が決まるまで掛け持ちを申し出て、第3騎兵隊の仲間たちも交代で一緒に戦ってくれた。
第3騎兵隊が援護に入ってからは、2つの隊には奇跡的に死者は出なかった。でも、私の魔力がなくなって倒れてしまうほどに過酷だった。一緒に戦っている人たちをチーム関係なく、誰一人も死なせたくなかった。2つの隊以外の人も助けようとして、魔力切れが起きたのだ。
魔力切れを起こすと死んだように眠ってしまうから、半日後、目を覚ました時にはこっぴどく怒られた。このことについては、自分が馬鹿なことをしたという自覚はあるから、もう二度とあんなことはしない。
レイロの部隊の人たちが亡くなったことは、レイロやお姉様のせいだとは思っていない。
でも、許せなかった。そんな元気があるのなら、エルの言う通り、戦わずとも士気を上げるために戦地に戻ることだって出来たはずよ。みんな、レイロの怪我のことを心配していたから、余計に悲しいし悔しい。
「悪かったよ、エルファス。怒らないでくれ。これでも反省してるんだ」
「……最低だよ、あんたは」
「そんなこと言わないでくれよ。エルファスだって俺と同じ立場になったら同じことをするはずだ」
「あんたと一緒にすんな!」
勢いよく扉が開かれ、部屋から出てきたエルは、廊下に立っている私を見て驚いた顔をした。
「……いたのか」
「エルが昼間に元気な姿なんて貴重だって言ったでしょ。見なくちゃ損よ」
「茶化すなって言ってんだろ。……元気とかじゃない。怒りの感情が勝って眠くないだけだ」
エルは私の前を通り過ぎようとしたけど、立ち止まって私に謝る。
「兄さんがごめん」
「エルが謝ることじゃないわ」
「エル! 待ってくれ! ……え、あ、アイミー!?」
エルを追いかけて部屋から出てきたレイロは、私の存在に気がつくと涙目で話しかけてくる。
「君がエイミーからどんな話を聞いたのかわからないけど、誤解だよ、アイミー」
「誤解ってどういうこと? お姉様のお腹が大きくなっているのに誤解だなんてよく言えるわね」
「エイミーのお腹に子供がいることは事実だよ。だけど、俺とエイミーが浮気をしたと思っていることを誤解だと言いたいんだ」
何を言ってるのよ。
言い返そうとしたけれどやめた。
廊下で騒ぐと他の人の迷惑になる。遠慮して立ち去ろうとしたエルを引き留めて、一緒に部屋の中に入ってもらった。私とレイロの二人でしなければならない話だけど、彼と二人きりになりたくなかったからだ。
レイロの泊まっている部屋は、出入り口の正面に窓があり、ベッドと書き物机が置いてあるだけの簡素な部屋だった。彼が今まで住んでいた部屋と比べ物にならない。それでも、家に帰るよりもこの狭い部屋が彼にとっては心地よいみたいだった。
「アイミー、本当にごめん!」
「謝らなくてもいいわ。そのかわりお願いがあるの」
ベッドに座るように勧められたけれど、長居をする気もなかったので立ったまま話をする。
「別れてほしいの」
「アイミー、聞いてくれ。俺はエイミーに嘘をつかれていたんだ。大好きな弟にも軽蔑されて、愛する妻にまで捨てられるなんて可哀想なのは俺だろう? 考え直してくれ」
「絶対に嫌よ。考え直すことなんてできるわけない。お願いです。別れてください。そして、お姉様と生まれてくる子供を大事にしてあげて!」
「嫌だ。俺は君を愛してるんだ! エイミーのお腹にいる子は俺の子じゃない! たとえ、俺の子であっても認めない!」
別れを切り出した私に、レイロはふざけたことを言い放った。
「俺の子じゃない? じゃあ、誰の子だって言うのよ! 認めないだなんて、あなた、自分が何を言ってるのかわかってるの!? それに、あなたの子じゃなかったとしても、お姉様と浮気したことに変わりはないでしょう!」
「だから、聞いてくれって言ってるだろう! 俺はエイミーに騙されたんだ! 避妊薬を飲んでるし絶対に子供はできない。だから、アイミーにバレることはないって言われたんだよ!」
「エルも言っていたけれど、あなたはバレなければ浮気をしても良いと言うつもりなの?」
「そ、そういうわけじゃ……」
「あなたの言い方だとそうとしか聞こえないのよ!」
レイロは私の肩を掴んで訴えてくる。
「アイミー! エイミーのお腹の子は絶対に俺の子じゃない! 信じてくれ!」
「いい加減にしてよ!」
レイロの手を振り払い、距離を取ってから忠告する。
「次に私に触れようとしたら魔法を使うわよ」
右手に少量の水の球、左手に雷を閉じ込めたような球を作るとレイロは後退った。そして、傷付いたと言わんばかりの顔をして訴えてくる。
「……アイミーは俺の言うことよりもエイミーの言うことを信じるのか」
「あなたの言うことも信じてるわ。お姉様に裸で誘惑されたのよね? あなたがエルに話していたんだから間違いないでしょう」
「それは……っ」
返す言葉が見つからないのか、レイロは眉尻を下げて口を閉ざした。
若気の至りのせいで、レイロが納得しなければ離婚はできない。私にここまで言われた上に、彼が私を愛していると言うのなら、離婚に応じてくれるはず。
そう期待して、レイロを見つめた。