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第4話「過去の断片」
午前、梵天本部。
私は資料室で黙々と作業を進めていた。
机の上には、昨日の取引データ、現場写真、監視記録。
すべてを瞬時に分類し、正確にまとめていく。
(……効率、悪い)
無意識に速度を上げる。
「相変わらず仕事早いね」
背後から声。
振り向くと、鶴蝶。
莉々「……普通です」
鶴「普通の基準がおかしい」
資料を一瞥し、小さく息を吐く。
鶴「…無理はするな」
莉々「心配は不要です」
視線を戻した、その時。
棚の奥から、金属音。
カラン、と小さな音とともに、床に転がる細い注射器。
一瞬、視界が歪んだ。
(……っ)
呼吸が、乱れる。
脳裏に、白い光。
消毒の匂い。
冷たい台。
無機質な声。
『固定しろ』
『次は反応を見る』
『失敗作だな』
『処分か?』
(……やめろ)
手が震える。
気づけば、床に落ちた注射器を踏み砕いていた。
鋭い音。
室内の空気が、張り詰める。
鶴「……莉々?」
はっとして、足を離す。
莉々「……すみません」
鶴「今の……」
莉々「……何でもありません」
そう言って、視線を逸らし片ずける。
胸の奥が、ざわつく。
(……思い出すな)
(もう、終わったこと)
そのまま資料を抱え、部屋を出ようとした瞬間。
「なに今の♡」
廊下の先、壁にもたれていた蘭。
蘭「踏み砕く音、普通じゃなかったけど♡」
竜「完全に戦闘反射」
莉々「……盗み聞きは趣味ですか」
蘭「偶然だよ♡ ね、竜胆♡」
竜「まあ、半分くらい」
莉々「……」
足早に通り過ぎようとすると、蘭が前に回り込む。
蘭「そんな怖い顔しないでよ♡」
莉々「……どいてください」
蘭「無理♡」
次の瞬間。
私は無意識に、相手の手首を取り、関節を極めていた。
空気が凍る。
蘭「……っ」
竜「……反射、速すぎ」
我に返り、すぐに手を離す。
莉々「……失礼」
蘭は少し驚いた顔のまま、すぐに笑った。
蘭「はは♡ ほんと、化け物♡」
竜「兄貴、嬉しそう」
私は答えず、その場を離れた。
廊下の奥、誰もいない場所。
壁に背を預け、目を閉じる。
(……研究施設)
(あの白い部屋)
(処分される寸前で、逃げた)
思い出したくない。
でも、消えない。
だから私は、感情を切る。
リミッターをかける。
そうしなければ、生きていけなかった。
「……」
目を開け、深く息を吐く。
(……今は、梵天の人間)
(それでいい)
静かに、歩き出した。