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翌日。
若井さんは、お店に来なかった。
昨日いただいたミルクティー、美味しかったです。
すごく、美味しかったです。
ごちそうさまでした。
そう言おうと思って、
早くお礼が言いたくて、
いつもよりそわそわしてしまう自分がいて。
自分のことを考えて、沢山の種類の中から、きっと選んでくれたのかなとか。
仕事のお昼休みに来てくれてるんだろうから、1時間とか、その貴重な限られた時間の中で。
混んでるお店に並んでくれて、買ってくれたのかなとか。
そういうことが、
その優しさがひとつずつ、
全部、
嬉しかったとか。
出来ればそういうことも伝えられたらいいけど。
でもあまり自分は、お喋りは、得意な方じゃないから。
うまく伝えられないかなとか。
そんなことばかり、昨日からぐるぐる考えて。
なんならあまり眠れなくて。
いつもより早く店に来て。
お昼になるのが、こんなにも遠く感じたことはないくらい。
……なのに。
やっと12時になっても。
12時30分まで待ってみても。
12時59分になってしまっても。
とうとう、あのドアが開くことは無かった。
亡くなった父から受け継いだこの画廊は、常連客との取引がほとんどだから。
決まった営業時間も、あって、無いようなもので。
いつもは外が暗くなったら店じまいにしようかな、くらいの感じだけど。
その日は、もしかしたら…と、なかなか店を閉められなかった。のに。
来なかった。
(……また明日、って)
言ったのに。
小さく手を振りながら、いつもと同じ笑顔で。
言ってくれてたのに。
これだから、「約束」は苦手だ。
誰かを待つのも、誰かに期待するのも苦手だ。
これだから。
これだから、独りの方が気楽なのに。
気楽だったのに。
あの人が俺の日常に現れたせいで、
あの人が俺の毎日に色と光を与えたせいで、
こんな気持ちを知る羽目になった。
……そして、翌日も。
その翌日も、そのまた翌日も。
若井さんが、店に現れることは無かった。
「……元貴……?」
それは、12月に入ったばかりの、ある夜のこと。
仕事関係の会食を終えて、少しほろ酔いでタクシーに乗って自宅に向かっていた俺、涼ちゃんこと、藤澤涼架は。
たまたま前を通りかかった元貴の店が、こんな遅い時間まで開いていることに、目を疑った。
(……なんで……)
腕時計に目をやれば、間も無く23時になる頃。
車で通り過ぎたから、数秒しか見えなかったけど、店の奥に居たのは確かに元貴だった。
その時は、何か仕事があって残業してるのかな、大変だな…くらいに考えてみたけど。
その数日後、22時過ぎにまたタクシーで前を通りかかった時も、同じように店が開いていて。
「…あ…すみません、停めてください!」
思わず、タクシーを飛び降りてしまった。
この辺りは、場所柄、遅い時間まで開いている店もあるにはあるけど。
さすがにもう、周りは暗くなっていて、静かな夜の街に、元貴の店だけがポツンと取り残されているようだった。
中を覗き込めば、店の奥のカウンターテーブルにもたれるようにして、元貴は何やら本を読んでいた。
仕事をしているようには、見えなかった。
なら、なんで、こんな時間まで……?
「……どーも……」
なんとなく小声で、そーっとドアを開けたら。
元貴が。
ビクッと。
弾かれたように素早く顔を上げて、
そして、
今度こそはっきりと。
……落胆した、顔をした。
それだけで、俺は。
分かってしまったんだ。
元貴が何を、……誰を、「待って」いたのかを。