「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ!?」
時刻は、すでに深夜と呼べる時間帯。一人暮らしの女が住むマンションの一室に、甲高い絶叫が響き渡った。
「ちょっ、おま……夜中に、何ちゅう声出してんだよ……?」
驚愕の表情を浮かべ、テーブル越しに身を乗り出す千歳。その至近距離から発せられた奇声に、オレは耳を塞いで顔を顰めた。
「いやっ! だって、だってぇっ!?」
「だってじゃねぇよ……こんな夜中にデケェ声出すな。ご近所さんに、通報でもされたらどうすんだ?」
「そん時は、アンタをノゾキ魔として突き出すだけよ」
こ、この女……
勝手に全裸で人前に出て来といて、この言い草。
ってか、覗いて欲しければ、もう少し胸を成長させろっ!
「そんな事より、アンタが豊田まことって、どういう事よっ!」
「だから、少しトーンを落とせ。そのキンキン声は、空きっ腹に響くんだよ」
コッチは、あのゴタゴタで晩メシ食いっぱぐれてるし。
ああっ、牛丼食いたい……
「お腹空いてんのは、アンタだけじゃないわよっ! それに何か食べたいなら、机の一番下の引き出しにうんまい棒があるから、恵んであげるわよっ!」
「うんまい棒って……」
コイツはホントに、売れっ子漫画家で高給取りなのか?
まあ、嫌いじゃねぇし、学生時代は金の無いときお世話になったし、くれると言うならありがたく貰っておこう。
オレはのそのそと机に這い寄り、一番下の引き出しを開けた。
「………………」
そして、中を覗き込だ瞬間、頬を引き攣らせ言葉を失うオレ。
そう、机の一番下の引き出し……その大き目の引き出しには、三十本入りうんまい棒の袋が、隙間なくビッシリと並んでいたのだ。
あ、ああ……うん、確かに高給取りだな。貧乏人は、こんな買い方をしねぇし……
「私、めんたいで」
「あいよ……」
オレは、めんたい味の赤い袋を千歳の方へ後ろ向きで放り投げる。
そして全味を二本ずつ、計十六本をスーツの各ポケットにネジ込んでから、定番のチーズ味を手にテーブルへと戻った。
「相変わらず、セコいわね……」
「っるせっ! ビンボーなんだよ」
ジト目を向ける千歳と仏頂面のオレは、同時にうんまい棒の底を膝に叩き付け封を開けた。
正直、飲み物が欲しいところだけど、このジト目女がこの状況でお茶を煎れるとは思えんし、自分で煎れるのも面倒くさいし、我慢するか。
「さて、お腹も膨れて落ち着いた事だし、話を戻すわよ」
「うんまい棒一本で膨れるほど、慎ましい腹はしてねぇよ……」
オレはスーツの方からもう一本取り出すと、膝に叩き付けた。
んっ? この宇都宮ご当地の餃子味――初めて食ったけど、中々うめぇな。帰りにあと2、3本貰っておこう。
「じゃあ、食べながらでいいから、答えなさいよ。アンタが豊田まことって、どうゆう事よ?」
「どうもこうもねぇだろ? 大学入って、暇つぶしに同人描いただけだ。まあ、それがたまたま売れたからな。コンビニ辺りでバイトするより割が良かったから続けただけだよ」
千歳の睨む様な目から視線を逸して、そっけなく答える。
「ウソだ――」
「ああっ?」
「私だって、一応プロの漫画家よ。あの漫画がバイト代わりの小銭を稼ぐ為とか、ましてや暇つぶしなんかで描いたモノじゃないくらいわかるわよ」
「………………」
千歳の言葉に上手い返しが見つからず、押し黙るオレ。
つーか、きっかけなんて今はどうでもいいだろうが……
オレは千歳の睨む様な視線から顔を背け、内ポケットから三本目のうんまい棒を取り出した。
「そう……話したくないなら仕方ないわ――」
そうそう、素直に諦めてく――
「アンタに裸を覗かれたって、歩美さんにチクってやる」
「ちょっとまて、コラッ!」
慌てて身を乗り出し、スマホを取り出して操作を始めた千歳の左手を掴んだ。
「イヤなら全部、話しなさいよ」
くっ……こ、この|女《アマ》……
ゼッテー、いつかシメてやる!
オレは、掴んでいた千歳の手を離すと、渋々なから口を開いて語り出した。
「実際、コンビニ辺りでバイトするより割が良ったからってぇのはホントだよ。暇つぶしってぇのも、キッカケとしてはウソじゃねぇ――ただ、同人の前に無料の漫画公開サイトへ、暇つぶしに投稿してな、そん時ボロクソに叩かれて、そんで火が点いた」
「ああ……まあ、ネットは容赦ないからねぇ……」
自分も思い当たる節でもあるのか、思い切り顔を引き攣らせる千歳。
「あの時は、正直ケンカを売られた気分だったし、売られたケンカは全て買うのがオレのポリシーだからな。叩いてたヤツを見返してやるつもりで、そっから本腰入れて描き始めたんだよ」
「はぁ……アンタのそのメンタルは羨ましいわ。あたしゃあ、エゴサーチして漫画家を辞めようと思ったの、一回や二回じゃないわよ……」
ため息をつきながら身を乗り出して、オレの内ポケットからたこ焼き味のうんまい棒を奪い取る千歳。
てか、食いたきゃ、自分で取って来やがれ。
「ほんで? 漫画の公開サイトから、何で同人に移ったのよ?」
「よく感想くれてたフォロワーから、このクオリティを無料で公開するのはもったいないから、同人でも出したらどうだ? って言われてな。試しに製本してみたんだよ。ただ、さすがに即売会に出るのは気が引けてな――」
「まあ、アンタみたいな元ヤンの厳ついニィチャンが売り子をしてたら、誰も寄り付かないだろうしね」
「ほっとけ……そんで、とりあえず同人誌の専門店に販売を委託したんだけど――まあ、その後はオマエも知っての通りだよ。ネットで同一人物説が流れて炎上。そして売上倍増だ」
そう、あの炎上騒ぎが無ければ、あんな有名になる事もなかったろうし、おそらくバイトの掛け持ちをしなければ生活にも困っていただろう。
ウチは片親だし、国公立とはいえお袋にはムリを言って進学したんだ。だから学費はともかく、生活費は全部自分で稼ぐって約束だったし。
「ふぅ~ん、なるほどねぇ……ところで、アンタが豊田まことだって事を編集部の人達は知ってんの?」
「いや、話してねぇし、知らんはずだ。だだ……」
「ただ?」
ただ、もしかしたら一人だけ…………いや、考え過ぎか。
「いや、なんでもねぇ……それより、もういいだろっ? いい加減、スマホから手を離せやっ」
そう、コイツは人の話を聞いている間もずっと、手にしているスマホで歩美さんへの発信画面を開きっぱなしにしているのだ。
こんな夜中に、間違ってその通話ボタンを押したらどうするつもりだ、コイツは?
「じゃあ、最後にもう一つ……アンタは何で、私の――フラッシュ☆ガールズの同人を描こうと思ったのよ……?」
真剣な表情を浮かべて問う千歳……
わざわざスマホの画面を見せ付け、通話ボタンに指をかざす念の入れよう。
ったく……人の弱みにつけ込みやがって。
てか、何でと言われれば――
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