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スマホの着信音で目が覚めた。
「ふあ……眠…」
ゆっくりベッドから起き上がる。
ゴキッッ
「痛?!!」
なにこれ。謎の痛みが体に…
ん?
ちょっと待てよ…なんかおかしいぞ??
そもそもここどこ????
自分の部屋の中のはずなのに見慣れない。
冷や汗が背を伝い、私は急いで窓を見た。
柔らかい朝の陽の光に反射して映った自分の顔は。
え????????????????????
マニフェスト、じゃなくチャームポイントのパッチリした目、スキンヘッドの頭、そしてスカスカの奥歯。
どうやら変なことになっている。
なんか知らないが私は錦鯉の長谷川まさのりさんと入れ替わってしまったらしい。
ちなみに私は錦鯉のファンである。彼らの漫才とか色々凄く好きで推している女オタクだ。
そんなことはどうでもいい。今それどころじゃない。
天変地異でも起こるのだろうか。いや、もう起こっているのかもしれない。
どこかの青春漫画を思い出した。男女の体が入れ替わってしまう恋愛ものだ。
しかし目の前の現実は全く違う。
50歳のおじさんと10代の女が入れ替わっている。
どういう世界線なんだろうか。
少なくとも甘酸っぱい恋愛ものとはほど遠い。
夢じゃないことを確かめるために急いで寝床にあったスマホを手に取る。
ロックは顔認証だったので無事解除できた。
なんかまさのりさんの顔で認識されるの面白い。
Twitterを開き、ネッ友にDMで相談してみることにした。
絶対信じてもらえないだろうけど、それでもなんとか周りに伝えなくては…
そう思ってアプリを開くと。
あ。
私まさのりさんだからアカウントもまさのりさんじゃん…
当たり前だ。
いっそこのアカウントでネッ友にDMするか。
いや、ネッ友が目を回してひっくり返ってしまう。やめとこう。
あ、自分のアカウントは?
更新なし。だめだこりゃ。
その後も自分のアカウントにいろいろちょっかいをかけたが、何も反応は無かった。
推し本人に反応貰ったら嬉しいのにいきなり本人になった不幸なオタク。
私はもう覚悟を決めて自分のスケジュールを探した。
今日は、いやいつまでかはわからないけど私はまさのりさんとして過ごそう。
あった、スケジュールだ。
12月の予定
○○日
東京 ○○区でロケ
都内でロケがあるらしい。
ロケとか怖い……
私はただでさえ人と話すのが得意ではない。
コメントの面白さまで求められる芸能人って大変なんだな、と思う。
えっとロケ始まる時間は……
え、2時間後???????
やばい。急いで支度して出発しないと間に合わない。
グ〜
あ、お腹鳴った。朝食食べてなかった、、
食パンを台所から見つけ出したのでそれを食べよう。
冷蔵庫には牛乳もあったし。
あ、そうだ。アレやってみよう。
「…美味しい‼︎」
たっぷりかかったマヨネーズのコクが効いてなんとも美味い。
意外とマヨネーズパンってイケるもんだな…
それともこの身体だから美味しいって感じるのか?
ピコン
LINEが来た。
「今日10時には集合です、遅刻厳禁」
ありがたい…律儀なマネージャーさんだ…
ん?これマネージャーさんか?
差出人: 渡辺 隆
私は思わず笑ってしまった。なんかそんな気がしたからだ。
彼はいつもいろいろイジっている割にとても世話を焼いてくれているのだ。
後でお礼を言っておこう。
なんとか着替えて移動し、現場の地区に到着した。
楽屋へはなんとか辿り着いた。地図が読めない(まさのりさんと同じだ)私はスマホを駆使した。
行きに電車の中で凄いこっちを見てくる人がいた。私なんか悪いことした?
あ、そうか。また忘れてた。私は長谷川まさのりだ。
私に気づいた人なのかもしれない。
彼らはM-1で一躍有名になったからなあ、、
感慨に耽っていると、
「おはよう御座います」
低めの声で挨拶された。
相方だ。
「お、隆おはよう!」
出来るだけ明るい声色を作って挨拶を返した。まさのりさんらしく振る舞わなきゃ…
「なんか朝から元気だな」
呆れ顔をされた。挨拶を返しただけなのに。
今は錦鯉の良い関係を自分が享受しているのだ。
私のせいで関係が壊れたらファン失格である。
「そ、そう?いつも通りだよ〜」
ごまかせ、ごまかせ!
「ちょっと脂汗かいてねぇか?大丈夫?」
「大丈夫だってば!」
「……」
危なかった〜……
なんか隆さんが異常に鋭い。
9年も一緒にいればそうなるのかな。
いそいそと楽屋を出る隆さん、いや相方を追って私は現場へ向かう。
オープニングの撮影はそつなくこなせた。
変な返しをしてないか気になったが、誰も不審そうにしなかったので安心だ。
隆さんの効いたツッコミも相まって、私はすっかりまさのりさんの感覚が染みついた。
ちなみに叩かれるのは痛かった。今日はあのマッサージ行ったのだろうか。
問題は午後だった。
「えー、それではこの後ネタを披露していただきます、ご準備できましたらこちらへ」
?????????!!!!!!!
何だって????
ネタ?????披露?????
今度こそ私は人生最大の危機に陥った。正確に言えばまさのりさんの方がピンチだ。
隆さんが合わせるネタ決めよう、と声をかけてきたので従うしかない。
2人で控室の階段の踊り場へ向かった。
2人きりになった。打ち明けるなら今がチャンスだ。
「あのさ、隆、実はさ…」
「ん?」
…ちょっと待て。本当に真実を話してしまっていいのだろうか。
ここで変な展開になったら、この後のロケは失敗に終わってしまう。
今は12月、大事な時期だ。彼らにとって今月は、人生をかけた大会、M-1が待っている。
たった1つのロケでも失敗はできない。
ファンとして長谷川まさのりとしての仕事を全うしないで何になる!
私は強い使命感に駆られ、打ち明けるのをやめた。
なんでもないと言ってごまかし、話を逸らした。また疑惑の目線を向けられた。
「で、何のネタにしようと思ってんの?まさのりさんは」
「え、えっと〜…」
「パチンコ?」
「ああ、良いんじゃない」
いやでもロケ内容的にパチンコはダメか、、
「あ、やっぱり政治家になりたいやつ」
「お、そっち行く?」
んー、、でもなあ、これも微妙だなぁ……
何とかして私の身体でもできそうな覚えてるネタを挙げたが、出来るだけ番組に沿った方が良い。
「あ、サファリパークは?」
「了解」
…今気づいたけど、隆さんは私の提案を全て肯定してくれていたのだった。
お笑いを相方に任せてくれている、そんな関係。
なんて良いのだろう。ついオタク心が蘇る。
ついにネタを撮影する時間が始まった。
「こーんにーちわーーー!!!」
「うるせえよ!」
なんやかんやでネタが終わった。緊張しすぎてあまり記憶がないが、再び頭がジーンとした。
でも私はやり遂げたのだ。サファリパークのネタを。
象に頭を吸われるくだりも、カンガルーのポケットに入るくだりも、そしてヌーの大群にはねられるくだりも。
あの動作でちょっと腰をやられた。
ふうー、とベンチで息を整えていると、隆さんが飲み物を持ってきてくれた。
「マネージャーが俺らの分買い置きしてくれてたらしい」
「ありがとう」
「隆さん、…」
「え?」
しまった。心の声が漏れていた。いつもは細い隆さんの目が丸くなる。
「まさのりさんどうかしちゃったのかよ、今日」
本気な顔で心配され、自分のドジさを悔いた。
「ちょっと調子良くないのかも、、」
「無理すんな。本番に向けて身体大切にしねえと、50なんだから」
「う、うん…」
「ごめん、今日はいろいろ頼っちゃって…」
「いつものことだろ」
「まさのりさんだけじゃ出来ないこといっぱいあんだから。」
「でもお笑いはまさのりさんに任せとくからな、頼んだ」
向こうで一服すると言って彼はベンチを離れた。
ああ、疲れた。温かい飲み物を飲んだら眠くなってきた…
「ふああ〜…」
目が覚める。慌ててベッドから起き上がった。
窓を見るとそこには、まさのりさんは居なかった。いつもの寝癖がついた私の顔だ。
「あれ、夢だったのか……」
スマホのアラームを消すと、隆さんのTwitter通知が届いた。
あっ。
「ロケの休憩時間に寝てました。」
句点のついた一言が添えられた写真の中の、おじさんの寝顔。
「私」じゃん……
たしかにあれは現実だったみたいだ。
のちに放送された錦鯉のロケ番組の景色も、私が撮影した記憶のある場所と一致していた。
私はご機嫌になり、まさのり数え歌を口ずさみながら朝食の支度を始める。
家族はまだ寝ている。
冷蔵庫からマヨネーズを出し、たっぷりと食パンに塗った。
「…おいしい…、、」
やっぱりマヨネーズパンは美味しい食べ物だった。