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血は、すべてを語ると思っていた。
人は血から生まれ、血に縛られ、血によって裏切られる。
この世界では特にそうだ。
――だが、血は時に、嘘をつく。
*
夜明け前の屋敷は静まり返っていた。
廊下の奥、地下への階段。
そこは限られた者しか立ち入れない場所だ。
俺――りうらは、初めてそこに足を踏み入れた。
「……本当に、俺でいいんですか」
背後で扉が閉まり、重い金属音が響く。
「お前以外に任せられない」
そう言ったのは、ないこだった。
彼はいつも通りの表情で、銃を腰に下げ、黒いコートを羽織っている。
だが、その歩幅はいつもよりわずかに速かった。
地下は冷たい。
湿った空気と、鉄と油の匂い。
監禁室――という言葉が、脳裏をよぎる。
「捕まえたのは、誰ですか」
「元・幹部だ」
淡々と告げられる。
「裏切り、ですか」
「……ああ」
だが、その“間”が、気になった。
*
部屋の中央に椅子があり、男が縛られていた。
年は四十前後。
顔は殴られ、血が乾いている。
だが、目は――まだ死んでいなかった。
「……久しぶりだな、ボス」
男は、ないこを見て笑った。
「生きてたのか。いや、生かされてた、か」
その声に、俺は違和感を覚えた。
恐怖が、薄い。
処刑されると分かっている人間の目ではない。
「余計なことを喋るな」
ないこは冷たく言った。
「ほう。ガキの前では優しいな」
男の視線が、俺に向く。
「それが……噂の“拾い子”か」
心臓が、跳ねた。
「……何を知っている」
ないこの声が、低くなる。
「知ってるも何も」
男は、口の端を吊り上げた。
「こいつの血筋の話なら、俺は――」
次の瞬間。
乾いた銃声が、地下に響いた。
男の額に穴が開き、体が力なく崩れる。
俺は、息を呑んだ。
「……ボス」
「聞くな」
ないこは銃を下ろし、俺を見なかった。
「忘れろ」
その言葉は、命令だった。
*
だが、忘れられるわけがない。
“血筋”。
その一言が、俺の中に棘のように刺さった。
俺は捨て子だ。
それは、変わらない事実のはずだった。
なのに――
*
その夜、俺は眠れなかった。
ベッドに横になっても、地下の光景が頭から離れない。
男の目。
あの笑み。
そして、撃つ直前のないこの、迷いのない動作。
――知っていた。
あの男は、消されるべき存在だった。
“裏切り者”ではなく、
“真実を知っていた者”として。
*
数日後。
屋敷に、外部からの客が訪れた。
医者――と紹介されたが、ただの医者ではない。
「……遺伝子鑑定、ですか」
「念のためだ」
ないこは、俺にそう言った。
理由は説明されなかった。
だが、拒否する選択肢はなかった。
血を採られる。
ほんの一滴。
それだけで、何かが暴かれる気がした。
*
結果が出るまで、三日。
その三日は、やけに長く感じられた。
幹部たちの視線が、俺に集まる。
疑念。
好奇心。
そして――恐れ。
俺は、初めて理解した。
この世界では、
“出自”は武器にもなり、
同時に、処刑理由にもなる。
*
三日目の夜。
ないこに呼ばれ、執務室へ向かった。
机の上には、封筒が一つ。
「座れ」
促され、椅子に腰を下ろす。
ないこは立ったまま、封筒を見下ろしていた。
「……お前に、話しておくことがある」
珍しく、彼の声が重い。
「俺は――」
一瞬、言葉を探すように、沈黙する。
「俺は、嘘をついていた」
心臓が、強く打った。
「お前は、ただの捨て子じゃない」
封筒が、俺の前に置かれる。
「だが、真実を全部言えば、お前はここでは生きられない」
「……それでも、聞かせてください」
俺は、逃げなかった。
逃げる権利は、もう持っていない。
「……血はな」
ないこは、静かに言った。
「時に、嘘をつく」
「?」
「血縁が、親子を作るとは限らない。
だが――血は、世界を敵に回す」
彼は、封筒を開けなかった。
「お前は、“人之子”だ」
「……それは、どういう意味ですか」
「まだ、言えない」
はっきりとした拒否だった。
だが、続けてこう言った。
「だが、覚えておけ」
ないこは、俺を真っ直ぐ見た。
「お前は、俺が選んだ」
その言葉は、
血よりも、
真実だった。
*
その夜、俺は屋敷の屋上にいた。
夜風が冷たく、街の灯りが遠い。
捨てられたと思っていた。
何も持たないと思っていた。
だが、違った。
俺には――
知られてはいけない“何か”がある。
それを隠すために、
この男は、俺を拾った。
「……人之子」
俺は呟く。
なら、俺は何の子なんだ。
その答えが、
この世界を壊すものだとしたら――
俺は、
それでも、知りたい。
選ばれた理由を。
拾われた意味を。
そして、
この男が、
俺に向ける視線の、
本当の理由を。