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それから数週間が過ぎたある日の撮影日、
「遊佐さん、知ってます?」
「何ですか?」
「今、藍原 時夜っていうカメラマンが別のスタジオで撮影してるんですよ」
「え? 藍原 時夜?」
千鶴のヘアメイクを担当していたスタイリストが別のスタジオで藍原 時夜がカメラマンとして撮影に参加していることを告げると、名前を知っていた千鶴は興味を持って話を聞いていく。
「遊佐さん知ってるんですか?」
「あ、はい、その、名前を聞いたことがあるっていうだけですけど……」
「そうですよね、遊佐さんくらいの年齢の子はあまり知らないですよね」
「あ、でも、藍原さんの奥さんがモデルさんだったとか……」
話の流れで『千葉 羽音』についての情報が得られるかもと思った千鶴はそれとなく羽音の話を盛り込んでいく。
「よく知ってますね。そうそう。奥さんは千葉 羽音って言って、とても綺麗な方なんですよ。私がまだアシスタントだった頃、一度だけ彼女を担当したことがあったんですよ」
「そうなんですね」
「そう言えば、今日の撮影に奥さんが見学に来ているとか……」
「え? そうなんですか?」
「多分、そんな話をさっきチラッと聞いたような――」
「遊佐さん、そろそろ準備お願いします」
「あ、はい!」
千葉 羽音が同じ建物に居るかもしれない。
それを聞いた千鶴の心はざわついていく。
(……蒼央さんは、知ってるのかな?)
ちらりと彼へ視線を移してみるとスタッフと何やら打ち合わせをしている最中で、普段通りの様子だった。
もし彼女がこのスタジオに来てしまったら、もし彼女とどこかで鉢合わせてしまったら、蒼央はどんな反応を見せるのだろう。
そればかりが気になる千鶴は心此処にあらずで撮影に集中出来ず、蒼央はそんな彼女を密かに心配していた。
「千鶴、具合が悪いんじゃないのか?」
撮影終わり、着替えを終えて控室を出て来た千鶴に蒼央は心配そうに問い掛ける。
「え? そんなこと、ないですよ?」
「俺の目を誤魔化せると思ってるのか? 撮影中、常に心此処に在らずだったろ? 何か心配ごとがあるなら話せ」
「いえ、その……本当に何でもないんです……」
蒼央の言う通り、勘の鋭い彼にいつまでも誤魔化しは通用しないことは千鶴もよく分かっていた。
けれど、どうしても羽音についてだけは聞けなかったのだ。
それに、彼女はまだこの建物内に居るかもしれない訳で、千鶴としては一刻も早く帰りたい思いでいっぱいだった。
「あの、最近少し眠れていなくて……それで疲れが出ているのかもしれません……」
「……そうか、それなら今日は早めに休む方がいいな。帰るか」
疲れから撮影に集中出来ていないという千鶴の言葉を信じた蒼央は、それなら早く彼女を送り届けようと歩み始めた、その時、
「伸也、裕也! 走ったら危ないわよ」
曲がり角からそんな声が聞こえてきた刹那、子供が二人駆けてきて、前を走っていた子供が蒼央とぶつかりそうになる。
「うわ!」
驚いた子供が転びそうになるのを咄嗟に助けた蒼央。
「大丈夫?」
その子供に千鶴が声を掛けている最中、
「……え」
「…………」
少し遅れてやって来た女性が蒼央と向かい合う形で立ち尽くし、二人は互いに驚いた表情を浮かべて見つめ合う。
それに気付いた千鶴が二人の方へ視線を移すと――
「蒼央……」
「……久しぶり、だな……羽音」
蒼央と向かい合って立っている女性が千葉 羽音であることを知った。