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「ママ!」
千鶴の元に居た子供たちは『ママ』と口にしながら羽音に駆け寄って行く。
「……あの、蒼央――」
「千鶴、帰るぞ」
「あ、えっと……はい」
羽音が何か言いかけると、蒼央はそれを遮るように千鶴の名前を呼び、その場から離れて行ってしまう。
呼ばれた千鶴は羽音にペコリと頭を下げると、先を歩く蒼央の後を追いかけた。
「あの、蒼央さん……」
「何だ?」
「今の方は……」
「ああ、俺がカメラマンとして活動し始めた頃に撮影現場で顔を合わせたことがあるモデルだ。もう何年も前に辞めちまったけどな」
「そう、なんですか」
千鶴の質問に答える蒼央本人は平静を装っているつもりなのだろうけれど、千鶴から見ると明らかに彼は動揺しているように見えた。
そんな蒼央を前にした千鶴の頭に、二人の間に何かあったんだという確信が過る。
こんなにも動揺している蒼央を見るのは初めてのことで、写真のこともあるけれど、先程の様子を見ても二人がただの知り合いだけでは無いことくらい誰にでも分かる。
ふと、千鶴の脳裏に、『キミは羽音によく似ているね』と言っていた大翔の言葉が蘇る。
似ているというのはどういう意味なのか。
彼女を見る限り、容姿が似ているという意味では無いことは分かる。
それならば、考えられることは――
(蒼央さんにとって、羽音さんは『特別』だった? 今の私みたいに、自分が撮れば魅力を引き出せると思っていた女性だったの?)
羽音は今の自分同様、蒼央が認めた才能のあるモデルだったということ。
そして、
(やっぱり二人は、付き合っていたの? だけど、何かが原因で、別れてしまったの?)
羽音と蒼央はただのカメラマンとモデルではなくて、恋人同士だったのではないかということだった。
特に会話が無いまま駐車場へやって来た二人。
蒼央がトランクに荷物をしまっているさなか、
「蒼央!」
息を切らせてやって来た羽音が大声で蒼央の名前を呼んだ。
先に助手席へ乗っていた千鶴は近付いて来る羽音に視線を移す。
(何で……追いかけてくるの?)
そして、荷物を積み終えた蒼央がトランクのドアを閉めると、運転席側で立ち止まった羽音の前で足を止めた。
「何だよ」
いつになく低い声の蒼央は、息を整える羽音に問う。
千鶴は気になるものの、今このタイミングでドアを開けて外に出る訳にもいかず、微かに聞こえる声に耳を傾ける。
「……あの、蒼央、私……」
「今更何だよ? もう話すことなんてねぇだろ?」
「そんな言い方……」
「藍原さんが日本を拠点に活動するって話を聞いてたから、お前ともいつか会う日があるかと思ったけど……意外と早く訪れたな。お前、今幸せか?」
「……うん、幸せ……」
「……俺には、そうは見えねぇけど……まあ、お前が言うならそうなんだろうな」
「何で……どうして蒼央は、そんな風に言うの? 私は幸せなのに、どうしてそれを蒼央が否定するの?」
「そんなの、決まってんだろ。お前のことは俺が一番よく分かってた。顔見りゃすぐに分かる。今だって確かに幸せかもしれねぇ。けどな、お前の顔には書いてあんだよ、後悔の文字が」
「そんなこと……」
「無いって言い切れるか? あの時と同じ顔してるぜ? モデルを辞めるって俺に話した時と」
「……っ」
「それで、何だよ? わざわざここまで追ってきた理由は」
「…………もういい。蒼央にはきっと、何を言っても無駄なんだって、分かったから……」
「そうか。それじゃあな」
半ば一方的に話を切り上げた蒼央は立ち尽くす羽音に構わず車に乗り込む。
窓越しに二人の話を聞いてしまった千鶴もまた、何も言えなかった。
ただ、先程の二人の会話から分かったことは――千鶴の考えていた通り、二人が親密な関係にあったということだけ。