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授業は、何事もなかったかのように再開された。黒板。
教科書。
教師の声。
――表向きは。
リンクは席に着き、ノートを開きながら、
教室全体を“戦場”として認識していた。
(来る)
確信に近い予感。
教師たちは、剣を交える価値のある相手ではない。
だからこそ――方法を選ぶ。
最初の異変は、理科の授業中だった。
「では、この薬品を――」
教師がビーカーを傾ける。
その瞬間、リンクの耳が微かに震えた。
違う音。
液体が混ざる音ではない。
(……毒気)
リンクは、椅子を引くふりをして一歩ずれる。
次の瞬間、
ビーカーが割れ、刺激臭が広がった。
「うっ……!」
「せ、先生!?」
教師は慌てた様子を装いながら、
リンクのいた位置を一瞬だけ確認している。
(狙いは、俺だけ)
リンクは咳き込むふりをして、
換気の窓を開けた。
失敗。
次は、移動教室の廊下。
「足元に気をつけて――」
天井から、重い照明器具が落下。
だが、リンクは歩調を半拍ずらしていた。
照明は床に叩きつけられ、粉々に砕ける。
「危ない!」
「誰か怪我は!?」
教師が駆け寄る。
だが、その視線は、
無傷のリンクにだけ、短く刺さった。
(偶然を装うつもりか)
昼休み。
リンクは、弁当箱を開けなかった。
代わりに、
机の下から携帯鍋を静かに取り出す。
「え、なにそれ……?」
近くの生徒が小声でつぶやく。
リンクは何も言わず、
素材を一つずつ鍋に入れていった。
ゴーゴーハスの実×4
金のリンゴ×1
素材数は、ちょうど最大。
(これでいい)
余計なものが入る余地はない。
教師が細工する余白も、
クラスメイトが誤って触れる余地も。
火をつける。
ことり、と軽い音。
湯気が立ち上り、
甘く、澄んだ香りが広がる。
「いい匂い……」
「それ、料理?」
数秒後。
ぽん、と軽い完成音。
――ゴーゴー煮込み果実:レベル3
リンクは蓋を開け、
中身を一度、目で確認してから口に運ぶ。
(問題なし)
身体が、軽くなる。
神経が冴え、
反応速度が一段階引き上がる。
その直後だった。
「――あっ、ごめん!」
教師が、わざとらしく声を上げ、
隣の生徒の弁当箱を落とす。
中身が床に散らばる。
リンクの嗅覚が、
一瞬で異物を検知した。
(金属臭……混入型か)
リンクは、
弁当箱が完全に開く前に、
足先で軽く弾き、距離を取らせた。
次の瞬間。
じゅう、と音を立て、
床の一部が溶ける。
「な……?」
「床が……?」
ざわめく教室。
教師は慌ててしゃがみ込むが、
その視線は――
ゴーゴー煮込み果実を食べ終えたリンクに、
一瞬だけ向けられていた。
(失敗した、という顔だ)
リンクは、何事もなかったように
携帯鍋を片付ける。
「リンク、それ……大丈夫なの?」
クラスメイトが不安そうに聞く。
「問題ない」
短く答える。
素材は最大数。
調理は自分だけ。
介入の余地は最初からなかった。
(教師は、“弁当”を狙った)
なら、
次も同じ手は使えない。
リンクは、
午後の授業に向けて背筋を伸ばした。
ゴーゴー煮込み果実レベル3の効果は、
まだ続いている。
――暗殺は、
より雑に、より強引になる。
そう確信しながら。
陰湿な試みは、途切れなかった。
どれも大げさではない。
気づかなければ「運が悪かった」で終わる程度のものばかりだ。
廊下の角を曲がった瞬間、
リンクはわずかに異質な空気を吸い込んだ。
(……しまった)
甘さのない、乾いた刺激。
毒性のあるガスだと理解するのが一拍遅れる。
だが、胸の奥で違和感はすぐに消えた。
強靭な肉体が、侵入物を分解し、無害化していく。
歩みは止めない。
呼吸も乱れない。
(……質が低い)
次は更衣室。
金属音とともに、
ロッカーが前に倒れてくる。
リンクは反射的にシーカーストーンをかざす。
――マグネキャッチ。
ロッカーは空中で制止され、
そのまま元の位置に戻された。
「今の……?」
周囲の生徒が首をかしげる。
リンクは何も言わず、通り過ぎた。
その次は、教室の床。
一見して分からないほどの、
薄い滑り止め除去。
踏み出す直前、
足裏の感覚で察知する。
歩幅を変え、
問題なく通過する。
教師は、黒板に向かったままだ。
さらに。
理科室の席。
椅子の脚が、
わずかに緩められている。
リンクは腰を下ろさず、
机に寄りかかるだけでやり過ごす。
椅子は、
後から座った別の生徒の体重で傾いた。
「先生、これ壊れてます」
修理指示が飛ぶ。
失敗。
階段の踊り場。
天井の配線が、
少しだけ外されている。
落ちてくるには軽すぎる。
だが、驚かせるには十分。
リンクは足を止め、
天井を見上げる。
数秒後、
何も起きなかった。
(躊躇したな)
その時、背中で――
キィン
マスターソードが、
また短く音を立てた。
光は宿らず、
すぐに沈黙する。
リンクは、
わずかに不安を覚える。
(剣が、完全には反応しない)
授業は続く。
日常も、続く。
暗殺はすべて失敗したが、
止められてはいない。
それが、
この学校の不気味さだった。
リンクは、
次の授業の準備をしながら思う。
――これは、戦いではない。
――消耗させるための、生活だ。
そして、
それを仕掛けているのは、
剣を向けるべき相手ではない。
その確信だけが、
静かに積み重なっていった。