「で、どうするのよ?」
「と言われても……」
ちゃっかりフォークを回収したパフィだったが、ここからどうするべきなのかが分からない。なにしろ相手はビチビチ蠢く極太の棘。近づくだけで危ないのだ。抱っこしているアリエッタを放っておく事も出来ない。
ムームーは糸を使って、気絶したラッチをミューゼの足に縛り付けた。これで何か衝撃があっても遠くに飛ばされる事はなくなった。そのままアリエッタをパフィの背中に縛り付けていく。ラッチと同じように、激しく動いても落ちないようにしたのだ。
「えっ……え?」(なにこれ、おんぶ紐? なんで?)
いきなり赤ちゃん扱いされたように感じたアリエッタは、徐々に恥ずかしくなってきた。パフィの肩を掴み、頭に顔を埋めてしまう。
「ありがとうなのよ。背中が幸せなのよ」
「そ、そう?」
お礼を言うパフィは涎が止まらない。首にアリエッタの息がかかる度に、変な声が出そうになっている。
「ぱ、ぱひー……ごめんない」
「んふっ」
耳元で聞こえるアリエッタの囁きで、甚大なダメージを食らってしまった。顔の一部から少しだけだが流血した。
しまった、と思ったムームーだったが、その血を見た瞬間どうでもよくなり、ため息と共におんぶ紐を仕上げてしまった。これでもうアリエッタは自分で動く事は出来ない。
「これでよし」
「こんなことなら、背中の空いた服を着ておくべきだったのよ。挟まってる布が邪魔なのよ」
「おっさんかい」
「今度海に行ったら、水着のアリエッタを──」
「おっさんかい! 保護者がちっちゃい子に欲情するなっ」
「……アリエッタが可愛いのがいけないのよ」
「責任転嫁するなっ」
ムームーのツッコミが、最初に比べて徐々にキレを増している。このメンバーに慣れてきたのか、しっかりと成長しているようだ。一緒にパフィも変態方面で成長しているが。
ここで、蠢いていた棘がパフィ達の近くで暴れ始めた。小屋になったドルナが、どうにか動こうと頑張っているのだ。
べちん
「うわっと、危ないのよ」
「そんなに動きは速いわけじゃないから……あっ」
棘が暴れ動いた先には、停止中のピアーニャがいた。
「やばっ、総長!」
解除にはアリエッタがリモコンを使うしかない。しかし、アリエッタはおんぶされていて、リモコンは持っておらず、ポーチに手が届かない。恥ずかしいのか顔も隠したままなので、ピアーニャの事は見えていない。
動けないピアーニャに、大きな棘が直撃してしまった。
ごんっ
「……へっ?」
総長が吹っ飛んでしまうと思ったムームーの目の前で、棘が跳ね返った。ピアーニャは微動だにしていない。
その横で、ミューゼにも棘がぶつかったが、こちらも跳ね返っている。
「なにこれ、動きが止まるってだけじゃないの?」
アリエッタのリモコンによる一時停止は、動きがとまるわけではなく、時が止まるのである。本人はもちろん、他者からの物理的な干渉は一切受け付けないのだ。それこそ神の力か、時空を捻じ曲げるような力でもない限り、着ている服の先端すらも動かす事は出来ない。
「よく分からないけど、2人は安全って事かな。ラッチは……足元に転がしておいた方がいいかな」
2人を動かしてくれたらとは思うが、アリエッタを説得する余裕は無い。仕方なく、気絶しているだけのラッチをミューゼの足に巻き付けて、自分もドルナに集中する事にした。
「パフィ、何か作戦とかある?」
「無いのよ」
「早い! ちょっとは考えようよ」
「とりあえず、後ろじゃなくて前にアリエッタを縛ってほしいのよ。そしたらいつでもチュー──」
「何も考えなくていいから、わたしの言う事聞いてくれる?」
こいつは駄目だと判断したムームーは、冷めきった顔になってドルナ対策を考え始めた。止まっているミューゼ達は安全だとしても、いつまで大丈夫なのかが分からないので、早めになんとかしておきたいようだ。
考えながら荒れ狂って近づいてきた棘を2人で防いだ時、離れた場所からピアーニャを呼ぶ声が聞こえた。
「おーい総長ー」
「あ、神聖組合長なのよ」
「……なにそれ?」
バルドルと数名のシーカーがやってきた。
「何でミューゼちゃんのスカートの中に白い塊が? 見えねぇんだが?」
「ラッチって娘も絡まってんな」
「えーっと……」
返事に困るムームー。
「総長とミューゼはしばらく動けないのよ。組合長はどうしたのよ?」
「お、おう? 相手がドルナだから、お前らの力を借りたくてな。あの武器は持ってきてないからな」(持ちたくもねぇが)
あの武器とは、もちろんアリエッタが色を塗った対ドルナ用武器の事である。筋肉隆々のむさいオッサンであろうと、ドルナに対抗する為には、とってもファンシーな可愛い武器を持たなくてはいけない。
しかしパフィかミューゼがいれば話は別で、どうせ一緒にいるんだから頼ってしまおうと思い、やってきたのだ。
しかし、ピアーニャとミューゼは動かず、パフィはアリエッタをおんぶしている。バルドルがとれる最善策は……
「そのちびっこ預か──」
「断るのよ」
即どころか、言い終わる前に却下された。アリエッタと離れるなど、パフィに出来る筈がない。
「じゃあ安全確保するから、トドメだけ任せていいか?」
「分かったのよ」
それが分かっていたのか、すぐに妥協案が出た。相手がドルナでも、何かと同化しているうちは、物理的に触る事も出来るのだ。
作戦はシーカー達が棘を処理し、半透明の屋根を壊す。ドルナ本体が出た所に、パフィが突っ込むという、接待のようなものだった。
バルドルもアリエッタの特異性の片鱗を知った為、アリエッタの安全を最優先に考えてくれている。そうでなくとも、ピアーニャの姉貴分という認識があるので、庇護欲半分面白半分で守ろうとしていた。
「おっし、それじゃあ戦るか」
『はイ!』
「…………えっ?」
返事をしたのはバルドル達の周りに群がった、多数のキュロゼーラ達。シーカー達の手にも、喋る野菜が握られている。
いつの間にか、先程ドルナと共闘していたシーカー達も、離れた場所で準備していた。
「うおおおおお!!」
「いきマあああス!」
バルドルがキャベツ型のキュロゼーラを全力で投げた。キュロゼーラも気合十分。高速回転しながら真っ直ぐに、小屋へと飛んでいく。
それを合図に、他のシーカー達もキュロゼーラを投げる体勢に入る。
そして意気揚々と飛んでいったキュロゼーラは、小屋に思いっきりぶつかり、バラバラに砕け散った。
『………………』
死~ん……
実際は一瞬の出来事だったが、永遠と思える程に、その場が深く静まり返った。何故か棘も動きを止めている。
「ぅ、うおおおおお! 組合長に続けええええ!!」
一瞬バルドルからの情けない視線を浴びたシーカーの男が、我に返って叫び、手に持ったイモ型のキュロゼーラを投げつけた。今度は届かなかったが、小屋の近くで跳ね、砕け散る事も無く小屋に張り付いた。そのまま屋根へとよじ登ろうとする。しかしコロンと転がり落ちてしまう。
それを見て気を取り直したシーカー達が、足元にいるキュロゼーラ達を投げつけ始めた。投げない者もいるが、そちらは暴れまわる棘対策の為に武器を構えている。
「お野菜が投げられまくるって、シュールだね」
「そうなのよ?」
「あ、そっか。ラスィーテじゃ珍しくもないのか」
「らすぃーて……おかし?」
「なのよー。アリエッタお腹空いたのよ?」
(あそこのお菓子美味しかったなー。またみゅーぜとぱひーと行きたいな)
「これが終わったら美味しい物食べたいねー」
「デは、ハンバーグと野菜炒めなドいかがでシょう」
「それ自分が料理されたいだけなのよ?」
「だよね……」
キュロゼーラがひたすら小屋に向かって投げられ、たまに力が強すぎて砕け散ったり、全然違う方向に飛んで行って下に落ちたり、棘に当たって下に落ちたり、イラついたワグナージュ人が怒りに任せて機械を使ってニンジン型のキュロゼーラを射出して棘を撃ち抜いたりしていたが、パフィ達はのんびりと雑談を続けていた。
しばらくすると、小屋が野菜で埋まり、キュロゼーラを投げる手も止まった。棘の動きも鈍くなり、そろそろパフィの出番かと思われた……その時だった。
「ん? 1体戻ってきたな?」
黄色いパプリカ型のキュロゼーラが、バルドルの元へと走って戻ってきた。
何事かと思い、話を聞くと、とんでもない事が発覚した。
「申し訳ナい! あタし達に、家を壊す力がナかっタ!」
『ぅおいっ!』
キュロゼーラは動いて喋るだけの食用植物である。それ以上でもそれ以下でもない。
バルドル達に手伝うと豪語し、家を壊す任務を与えられて張りきったが、敵対生物などが一切存在しないネマーチェオンには、戦闘用の能力は必要無く、キュロゼーラにもそれが継承されたのだ。当然、何かを壊す力など無い。
出来た事は、その身で小屋を埋め尽くして、ドルナの動きを鈍くしただけ。上出来といえば上出来だが、数十ものキュロゼーラが無駄に犠牲になっているので、素直に喜べないシーカー達。
「……とりあえずー、行くぞパフィ。俺らで屋根壊す」
「あ、もういいのよ?」
「お前らもついてこい。パフィとチビの安全が最優先だ」
『おうっ』
というわけで、パフィは先輩達に守られつつ、のんびりとドルナ討伐に向かうのだった。
その一行の中でも、キュロゼーラと最後まで共闘していたシーカー達が、ずっと何かを考えていた。
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