「なぁ、そのチビ降ろさねぇ?」
「分かったのよ。ムームーお願いなのよ」
「はいはい」
「いいのかよ!」
一応危ない事をしにいくので、アリエッタはおんぶしていない方が良い。それはパフィもよく分かっている事なので、快く了承した。
ムームーに糸を解いてもらい、アリエッタが降りた。パフィがちょっと寂しそうな顔になっているが、全員呆れ顔で見守るのみ。
「これだけ人数いるからな。2人で守ってやるから安心しろ」
「アリエッタに変な事したら許さないのよ」
「するかっ」
『………………』
「……しないよな?」
『………………』
「をい?」
「エスナ、お願いなのよ」
「まかせてっ! 何かあったらここから叩き落とすから!」
なんだか怪しいシーカー達が複数いたので、以前にアリエッタを治療してくれたシーカーのエスナに警戒を頼んでおいた。
無言だったシーカーの男が、ピアーニャとアリエッタを見比べて、ポツリとつぶやく。
「……今なら総長も止まってるし、バレないようにすればあるいは」
『あっちいけゴミ野郎!』
何をする気なのかは分からないが、アリエッタの身に危険を感じたパフィ、ムームー、エスナ、バルドルの4人が、不穏な事をつぶやいたシーカーをぶっ飛ばした。離れた場所の葉に向かって飛んで行ったが、途中で棘のトゲが無い部分に偶然叩き落され、下の方へと落ちていった。
『あ……』
「……まぁいいか」
『いいんかい!』
一応飛べるハウドラント人が拾いに行ったが、ぶっ飛ばした本人達は、叩き落されたのを見なかった事にし、周囲のシーカーから総ツッコミを食らっていた。
結局、不穏な動きを見せていた変態達も、パフィ達からの容赦無い扱いを目の当たりにして、真面目にアリエッタを守ろうと心に誓うのだった。
「そんじゃあ、これより透明の屋根をぶっこわーす! パフィは構えておけ。ムームーはパフィの補助。エスナはチビをしっかり捕まえておけよ。他の奴らは棘からこの場所を守れ!」
『了解!』
「ついでに総長とか動けるように出来ればいいんだが……」
「それはア……今は難しいのよ。落ち着いたらなんとかするのよ」
この場は人が多いので、アリエッタが原因だという事は言えない。適当に誤魔化して、今は自分たちだけで現状を解決する事になる。
「分かった。じゃあ俺の後に続け! うおおおおおお!!」
「暑苦しいのよおおおお!」
「あはは……」
バルドルとパフィが気合を入れて、キュロゼーラで埋まった小屋の屋根へと跳んで行った。
動きが鈍くなったとはいえ棘が常に蠢いているが、根本であればさらに動きはゆるやかで、可動範囲も狭い。キュロゼーラがいる小屋の部分は、安全地帯なのだ。
「ほらアリエッタちゃん。パフィーがんばれー!」
「ぱひー! がんばれー!」
エスナに習って、パフィの応援をするアリエッタ。それがパフィに聞こえてしまった。
「うおおおおおあああああ!!」
「ちょっ、俺を追い抜くなーーーっ!」
こうなったパフィは敵味方関係なく無敵である。先行して小屋の屋根を壊す手筈のバルドルを抜いてしまった。
バルドルごと作戦をぶっちぎってしまったパフィがとる行動はただ1つ。バルドルの代わりに屋根を壊す事。フォークの先端に小麦粉生地を刺し、そのまま焼き固め、屋根に叩きつける。
「【バゲットハンマー】!」
バゴオオォォォン
透明になっていた屋根は、外と中に詰まっていたキュロゼーラごと、砕け散った。
「あぁ……いいのかなぁ……」
ムームーが罪悪感たっぷりの顔で、パフィの後ろにたどり着いた。
「気にすルことは何モありませン。さぁ出まスよ」
「砕けてる本人達が気にしないのはどうなんですかね……」
これで透明部分を失ったドルナから、本体が飛び出てくる。
先程、着ぐるみだったドルナが、新たに小屋と同化したのも、着ぐるみが砕けたせいである。すべて砕けたので、透明部分も何もあったものではなかったが、あの後確かに蔓の中で本体が表れていたのだ。そして夢の体で現れたドルナ本体が蔓をすり抜け、蔓の根本である小屋に同化したので、誰にも姿を見られる事はなかった。
ぽんっ
「出たっ!」
出てくる事は分かっていたので、パフィは慌てず騒がず、その場所にナイフを一閃する。が、
ガキィン
「っ!?」
そのナイフが、ドルナに届く寸前で、飛び出した影に阻まれた。
ナイフからドルナを守った影から、2人の男が姿を現す。
「ちっ、どういうつもりだ? レイン、ラド」
出てきたのは、もちろんシーカー。パフィ達の先輩である。
ドルナを倒す筈の仲間が、ドルナを守ったのだ。その理由次第では……と、バルドルが睨みつける。
2人が出てきた影は小屋の影に引っ込み、ようやくドルナ本体の姿を見る事が出来た。
その姿は、ピアーニャくらいの大きさで、手の代わりに大きなヒレがあり、足の代わりに多数の触手が生えている。胴体はヒトに近いが、頭は三角帽子のような形状で、その下には半分帽子に隠れるかのような顔がある。ただし目鼻はあるが口は無い。
「なんか見た事あるな」
「ヨークスフィルン人ですよ」
「ああそうか……なんだとおおおお!?」
ヨークスフィルンは観光リージョンではあるが、昼は炎天下、夜は氷点下となるせいで、通常では生物の住める場所ではない。しかしそれは地上での話。
海中では魚などの生物が何事も無く暮らしており、ヒトであるヨークスフィルン人も、海中で生活しているのだ。
地上での活動も可能なので、時々昼に海から上がってきては、宿や店で働く者達と交流を持ち、地上の食べ物を魚と交換したりもしている。ただし口が発達していないので、音は出せても話す事は出来ない。
「うわぁ、討伐しづらっ」
意思疎通が可能で、小さく友好的な人種が相手である。討伐よりも、むしろシーカーの保護欲を掻き立てる。
「なるほどなぁ。レインが出しゃばったのも、分からんでもないが……」
「そんな事はどうでもいいのよ。そいつ殺せないのよ」
「こえぇよ! なんでお前はそんなに攻撃的なんだ!」
(そんなの、アリエッタがやらかした事を、そいつに永遠に擦り付ける為に決まってるのよ)
パフィはアリエッタの為ならば、どこまでも外道になれるのだ。ムームーも横で呆れている。
(いやいや、この小屋壊せば解決すると思うんだけど?)
理由は秘密なので、この場で口に出す事も出来ない。そのせいで、バルドルにも誤解されてしまった。
「パフィ、ムームー、お前ら正気か? 相手は話の分かるヨークスフィルン人だぞ。ここは話し合いに──」
「一番の脳筋が何言ってるのよ!?」
話を聞かずに、特訓や抜き打ちテストと称して襲い掛かる組合長の言うセリフだとは思えず、パフィは思わず叫んでいた。周りのシーカーも、全員同意している。
「と、とにかく! レイン! そいつどうするんだ!」
「今ラドが口説いています」
『ちょっと待てえええええ!!』
「えっ、その人、女だったの?」
「どこで見分けるんだろう……」
「さすが手が早い事で有名なラド。水中の人種でもお構いなしか」
「そのうち昆虫とか乗り物にも手出すんじゃね?」
様子を見ていると、何かを言われたヨークスフィルン人が、何やらモジモジし、頷いた。そして、ラドに近寄った。
「なんかドルナ落としてるし!?」
「アイツ何言ったんだ……」
シーカーのラド。彼はワグナージュ人で、機械を操作する達人である。ただ、女と見れば声をかけずにはいられない様なチャラい男で、恋愛関係でのトラブルが絶えない事で有名なのだ。
そして、パフィの攻撃を防いだのは、シャダルデルク人のセゥアトデュレイン。通称レイン。シャダルデルク人は名前が長く発音が難しい事があるので、だいたい略称で呼ばれる。口調はキザで丁寧さだが、こちらは逆に硬派である。
この真逆な性格の2人は、新人シーカーだった頃からの腐れ縁で、よく2人で仕事をしている。顔と声が良いコンビなので、女性ファンは多いのだが、その半分以上は2人のカップリングを楽しむ腐った人達だったりする。
「ふっ、パフィさん。これで僕達も貴女達と互角の条件になりました」
「……どういう事なのよ?」
「貴女達がアリエッタちゃんを守りながら戦うように、僕達は彼女を守りながら戦います」
「いやそうする事に何の意味があるんだよ……」
わざわざ守る対象という枷をつける必要は無い。パフィは事情があるので許されているが、単純に仕事の支障になる行為ではある。
ラドが今回、ドルナのヨークスフィルン人を口説き落とした理由とは……
「お姫様を守る戦いって、やってみたいじゃん?」
「それが理由かい! 仕事以外でやれよ!」
もっともなツッコミを食らっても、慣れているラドは動じない。それどころか、近くにある棘を機械の刃で輪切りにし、ドルナに差し出した。
「同化しとけ。お前に触れられないのは、寂しいからな」
甘い声で囁くと、ドルナは棘に頭からゆっくりと入って行く。すると、その棘は形を変え、緑色のヨークスフィルン人の姿になった。トゲは無くなり、足の触手は蔓に、ヒレは葉で構成されている。さらに、ピアーニャくらいの大きさから、アリエッタくらいの大きさに変化している。
「そうやって同化するんだ……」
「なんでこんな時に、総長は止まってるんだよ。使えねぇ……」
不可抗力だというのに、ピアーニャの評価が下がっていく。
「よし、アイツを討伐すればいいのよ」
「いやもうやめてやれよ! 別に敵対生物じゃねーんだからよ!」
アリエッタの証拠隠滅で頭がいっぱいのパフィは、まだドルナを討伐する気でいた。バルドルが1刻程かけてなんとか説得し、討伐を止めさせることに成功したのだった。
「はぁ、疲れた……んじゃあお前ら、総長動けるようにしとけよー」
「分かったのよ」
「小屋もミューゼに頼んで、なんとかしておきますね」
ムームーのお陰で、証拠隠滅のチャンスも得た。これで小屋ごと消してもらえば、アリエッタが描いたミューゼの絵は誰にも見られる事は無い。
シーカー達とキュロゼーラ達が全員離れたところで、ムームーがなんとかなったと、安堵のため息を吐いた。
「さて、アリエッタちゃん。ピアーニャちゃん達を戻してくれるかな?」
「ぴあーにゃ?」
言われて、アリエッタはピアーニャを止めたままだという事を思い出した。今までシーカー達がいきなりやってきて、キュロゼーラを投げたり小屋を壊したりと、理解が難しい状況が続いたせいで、忘れていたのだ。
そして、ミューゼへの怒りが再度湧き上がってきた。ピアーニャにも少し怒っているが、どちらかというと、ちゃんと良い子になるように教育してあげないとな…という想いが強いので、事態が落ち着いた今となっては、早く動かしてあげたいと思っている。なので、ポーチからすぐにリモコンを取り出した。
ピッ
「──かれて、こまってるんだ…から……な?」
「ぷっ」
止まってた所からそのまま文句を再開し、周りを見て不思議そうな顔をするピアーニャ。止められていた側からすると、一瞬で周囲の様子が変化するのである。
そのリアクションを初めて見たムームーが、噴き出していた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!