注意
史実表現あり
過激な表現あり
「……………はぁ」
何故、こうなってしまったのだろうか?
後先に立たず。
どれだけ考えても何も変わらない。
書類を書く手を止めてふかふかの背もたれに深くよりかかる。そのはずみでギシッ、と軋む音がする。眼鏡を外して、目頭をもみながら何度目かもわからない深い溜め息を吐く。そして、机の傍らに置かれているマグカップを薬指で引っ掛けて、仰いだ。
「……………はぁ…」
だが、肝心の中身は入っておらず何回自分がこのサイクルを繰り返したかを突きつけられただけだった。とはいえ、そのまままた目の前の異国の文字が埋め尽くされた紙の束と向き合う気にもなれず仕方なく重い腰を持ち上げた。
「……………………………………」
ジーッ、という無機質な機械音を立てながら起動し始めるコーヒーメーカーを眺めながら再び先程の問に戻った。 そもそも僕はこの時代の人間ではない。こんなことを聞けば誰もが僕の頭の正常さを疑うだろう。だが、僕は正真正銘の令和を生きるちょっと兵器オタクな只のピチピチのDKだったのだ。小さい頃から軍事兵器に興味があって研究や独自で改良したり紙の上で開発したりするのが趣味だった。 …まぁ、そのせいで周りからは一線を引かれてはいたが…それは特に気にはしていなかった。…流石に、思春期の妹からのあの犯罪者をみるような目は効いたがそれでも僕の兵器への熱は冷めなかった。そして、茹だるような夏のある日、珍しく見慣れない小道を歩いているといつの間にかこっちに来てしまっていたというわけだ。ー木造の家々に、多くの人が身に纏う着物。舗装なんてされていない道路。…異変は明白だった。そして、僕はすぐに自分の身に起こったことを理解して盛大に眉をひそめて自分の不運さを大いに呪った。そして、確信した。
『あゝ、今日は人生で一番の厄日だ』、と。
当たり前だ。僕は別に兵器を作りたかったわけではない。本の中の美しい兵器を眺めて、さらなる最良を考えるのが好きだったのだ。戦前にタイムスリップしたいなんてそんな考えたこともない。あくまで趣味だ。自分の作ったもので殺人行為をされるなんて冗談じゃない。胸糞悪い。そこのところ勘違いしないでほしい。僕は平和主義者だ。普通の人生に生きて、普通に寿命で死ぬのだ。だというのに、何故、こうなった????????だが、そうなってしまったものは仕方がない。自分の命が最優先だ。 とりあえず、衣食住を確保するために仕方なく軍に入隊した。そこまてはよかった。いざというときに逃げられるようになるだけひっそりと目立たないようにしていた。そこのところにぬかりはなかったはずだ。もし、何かの間違いで妙に目をつけられたり引き抜かれたりなんてしようものなら僕の残りの人生が軍人ライフに切り替わりかねないことをちゃんと理解していたからだ。だから、そこのところは慎重すぎるほどだった。…だというのに!!気がついたら真っ黒な軍服に身を包んだ如何にもエライ人に(無理矢理)つれてかれて此処に隔離されて(強制的に)兵器の開発や上司の(押し付けられた)書類の手伝いをさせられていたのだ。しかも、あの上司言うことがめちゃくちゃなのだ。パワハラとかいうレベルじゃない。理不尽通り越して暴君だ。人権もプライベートも奪われた。だいたい、明らかにこんなこと十六のまだ子どもと言える青年にやらせることではない。書類なんてそもそも日本語じゃないのもフツーにあるし。そもそも、今何時だと思っているんだ????午前2時半だぞ????あの量の書類を明日…いや…もう今日か…。今日の朝6時までなんて…鬼畜はオマエの方だろ…あのクソ上司め……………
「部屋にいないと思ったら、こんなところにいたのか」
今、一番聞きたくなかった低い声音に顔をしかめる。 ぴくり、と体が反射的に反応し振り向く。そして流れるように敬礼の姿勢を取っていた。すっかり染みきってしまった動きに…いよいよ、軍人らしくなってきたな、と内心複雑な気持ちになった。ピン、と空気が張り詰めるのがわかった。
いつになっても、この人にだけは慣れない…
「…どういった、ご要件で?」
そこにいたのは例の上司の男だった。
男は相変わらず目で人を殺せそうな殺傷能力のある眼力で私をじっ、と見下ろしていた。何が面白いのかにやにやと笑っている。そもそも僕がこんなところにいる元凶だ。 この男が上司になってはや半年は経つが未だこの男には慣れない。どうしてもこの目が苦手だった。できるだけ会いたくないというのが本音だ。なんのようだ、とあからさまな態度でそう問えば怒るどころか、機嫌良さげに直属の 上司はそのたった一言で幾人もの命を左右できる重い口を緩慢と動かした。
「まだ、仕事が終わってないだろう。いいご身分だな。ガキが一丁前にティータイムか?英国みたいな真似しやがって」
皮肉たっぷりの口ぶりで上司ははっ、と一笑した。だが、目は笑っていない。その深淵のようなそこの見えない真っ黒な目に目をそらしたくなる。…全く、この上司はどうしていつもこうも良いタイミングのときに来るのだろうか?そろそろ本気で盗聴器でも探してみるか?と、冗談半分、この上司ならやりかねないという本気半分でそんな事を考える。
「…6時までの約束なんだから別にいいじゃないですか」
こんな会話只のこの男の戯れにすぎない。この男の機嫌次第でどうなるか決まる。無駄に怯えたりかしこまったりするほうが逆効果だ。全部、この男の機嫌次第なのだ。これだから頭のネジが足りない上司に持つのは嫌だ。しかも、こんなイカれサイコパスがこの國の代表なんて世も末だ。タイムスリップするまで文献に記されていることはかなり誇張されていると思っていたがどうやらそうでもなかったらしい。寧ろ、あれで優しい方だということにびっくりだ。できることなら身を持って知りたくはなかったが…というか、最早言葉で表すことができないレベルなのだ。ぶっちゃけ史実との温度差にドン引きしている。思っていた百倍頭がおかしい。イカれてる。狂ってる。…ということはこの男と対等にやり合えてる他国のトップも必然的に『こんな』なのだろう。むしろ、コイツラにとっては『コレ』が普通なのか?使えるなら子供でも馬車馬のように働かすことが『フツウ』なのか???………よく、滅びなかったな。この世界。自分が享受していたあの平和な日常がまさかの奇跡的なものだったという 事実にめまいがした。そういえば、コイツラ子供がいるんじゃなかったか?しかも、親とは違ってマトモだったはずだ。昔、印象的に感じたのでよく覚えている。親がおかしいと一周回って子供はマトモになるのだなぁとか思ったのだ。今だから思うが、間違いなくこの世の誰よりも不幸な人生だろう。基本他人の家庭事情に興味ない私でも同情を禁じえない。あんな悪人共の子に生まれたおかげでこれからの人生お先真っ暗なのだから。
「…私を前に考えゴトか?ははっ、相変わらず肝が据わったやつだ。…まァ、嫌いじゃぁないが…少し、甘やかしすぎたか? 」
その声で現実に引き戻される。
上官殿はじっ、とまるで頭の中を覗き込むように僕の目から目を外さないままそういった。ぴりっ、とした空気が肌を突き刺した。 にやにやと緩慢に口角を持ち上げ、上司は私の次の言動を見ている。完全に面白がっている。だがマズイ。離れすぎた。ほんの一瞬の気の緩みに内心下を打つ。 この男に部下の『躾』をする理由を与えてしまったことに内心酷い焦燥感に駆り立てられた。できることならもう二度とあんな目にはあいたくはなかった。だが、今日の上官殿は幸いなことにこのカードにあまり魅力を感じなかったらしい。すぐに興味なさげに捨てて、また先程の話に戻った。
「…まァ、いい。…ああ、 そうだ…それより、私の執務室で仕事をするか?そうすれば、そのサボり癖も少しは矯正できるかもなぁ」
「…ははっ…御冗談を…」
冗談じゃなかった。
悪魔のような顔をして、いきいきと恐ろしいことを提案する上司になんとか笑みがひきつらないように気を払う。この男と同じ空間で仕事なんてしたら過労死してしまう。 だいたい休みを取らずに何日も平気な顔をして働ける人間なんてコイツラくらいだ。自分たち化け物と普通の人間を同じ尺度で考えないでほしい。切実に。それにこれ以上平穏な国で生まれた未来のいたいけなこれから国を支える子供をこれ以上軍部の最深層へ引きずり込まないでほしい。ただでさえ、もう泥沼に下半身ハマってしまっているというのに…。もうこれ以上この男とは関わりを持ちたくないのだ。 だというのにそれを嘲るようにこの男は頻繁に此処に顔を出す。お前は俺のものであることを忘れるなといわんばかりに。こんなことをして根の葉もない噂が広がらないわけがないのだ。この男もそれをわかってしているのだ。周りの人間が僕のことを『帝国の秘蔵っ子』だとか『帝国の隠し子』だとかとほざいていることをわかっていてしているのだ。寧ろそれがこの男はそ目的だ。噂もこの男が流させた可能性が高い。帝国のお気に入りとして僕が目立てば、目立つほど逃げることは難しくなる。より自分側に取り込むことができる。それが目的なのだ。段々と逃げ道を塞がれていっている状況に焦りがが積もっていることは否定できない状況だ。チッ、と内心舌を打つ。いくら私の考えが正論とはいえ時代は、戦前だ。上司の命令は絶対。上司次第で今後の人生が左右される。そして、今の僕もその例外ではない。そんな時代に僕は今いるのだ。
「…いいじゃないですか。少しくらい…ちゃんと期限は間に合ってるし成果も出してる。…アンタの言いつけどおりちゃんとイイコに待ってた 」
何が、不満なんだと言外に言えばずっとこちらをにやにやと眺めていた上司がふっと一際嫌な笑みを深めた。
「まるで、娼婦のようだな。…昼夜問わず、寝る暇も惜しんで私が此処に来るのを待ち続けることしかできない。だが…」
コツ、一歩、二歩、と獲物を追い詰めるように上官殿は私に近づいた。後ずさりたい衝動に駆られるがそんなことすればこの男の加虐性を刺激しかねない。不快感を押し殺してじっ、と男の深淵のような目から離さないでいると上官殿は目を細めた。すぐ手の届く場所まで来るとすっと、白い手袋の上からでもわかる角張った大きな手のひらが伸びてくる。左手は逃さんとばかりに手首をゆるく手のひらで囲い込み、右手は僕の頬に。否が応でも至近距離から上官と目が合う。そ の目に深淵に浮かんでいたのは強い支配欲求だった。
「そうかそうか、ちゃんとイイコでまってられたか。イイコだなぁ、✕✕✕は」
低い声音とともに僕の頬を撫でる上機嫌な男に盛大に顔をを顰めた。そして、仕返しとばかりに棘を含んだ声音で言ってやる。
「…本日は、そういったことをお望みで?」
ぱっ、と頬を撫でる手を払い落としてやる。そう言うと上官殿は目の奥をきゅっ、と細めておどけたように真偽のわからない声音で言った。
「まさか!カワイイカワイイお前にそんなことをするわけがないだろう?…生憎様、俺はアイツラとは違って我が子のように思うオマエに手を出すような趣味はないさ」
ぱっ、と手首を離して降参するように両手を上げて、クスクスと、きつねのように目を細めて男胡散臭い顔ではわらった。一通り笑い終えると、今度はくしゃりと頭を撫でられた。
「…なに…」
「期待しているからな」
ただ一言
ただそれだけだ。だとういのにまるで体を雁字搦めに縛り付けられたような感覚に陥った。その短い言葉にこめられた意味を、理解してしまった。これでも兵器なんてものを作っているのだ。頭は悪くなかった。だが、僕は初めてその頭の良さに後悔した。そもそも僕が『使えなかったら』こんなことにはならなかったのだから。こんな厄介な男に目をつけられることもなかった。一見してみれば、只の上官から部下への励ましの言葉だ。だが、実際はそんな 聞こえのいいものではないことをしっかりとこの頭は勝手に導き出した。
『俺の期待を裏切るな。逃げようだなんて馬鹿なこと考えるなよ』
いい風に言えば忠告、悪いように言えば脅しだ。
「………………………………」
…嗚呼、本当に。どうしてこんなことになってしまった?
口角がひきつるのがわかった。ゆるりと愉悦に歪んだ口角。そして、有無をも許さぬ目、それから逃げるように目をそらした。
「✕✕✕」
拒否を許さないその声音に逆らう力を僕は持っていない。ある程度の自由や態度は許される。なぜなら、僕がそれだけの能力を持っているから。だが、所詮『許されている』にすぎない。決められた囲いの中での自由だ。この男の命令に僕は逆らえない。ぎゅっと拳を強く握りしめる。
嗚呼…一体いつになったら帰れるのだろうか?
そもそも帰る方法すら知らないし、探す暇などない。あの日、この時代に来たように路地を宛もなく徘徊したら帰れるのだろうか?だが、生憎そんな暇はない。本当に行き詰まっているのだ。こんなこと人生で初めてだ。物心ついた時から何でもできたし、困ることなんてなかった。その初めての相手がコイツだということ腹ただしいが…
つまり、全てはこの男のせいだ。
この男と出会って、全部が狂い始めた。
「…………………はい…」
大人しく、返事をすればふっ、と笑ってまた頭を撫でられた。 今度は親が子供にするようなほめるようなものだった。
「…………………」
今度は、その手を払い落とすことはしなかった。…否、できなかった。この男を喜ばせるだけだと今までの経験上わかっていた。何より、只でさえ興奮しているこの男をこれ以上刺激しすぎたくなかった。
「いいこだ」
嫌なほど愉悦に満ちた目と目が絡んだ。きっとこの男のことは元の時代に帰っても鮮明にこびりついて簡単には忘れることはできないだろうなと思った。一年、二年、五年、十年…無駄に覚えのいいこの頭だ。もしかしたら一生。 だが、所詮ほんのひとときの夢物語だ。いずれ、奥底に追いやられてこんなヤツも只の記憶でしかなくなってしまう。絶対に、僕は帰れる。だって、『僕』なのだから当たり前だ。僕にできないことなんてものはない。この屈辱も『今』だけだ。きっと、これが最初で最後だ。 呑まれるな。大丈夫だ…何も問題はない。猶予は未だある。『あの日』までに脱出できらば僕の勝ちなのだ。
この僕がこんな戦犯になんかに負けるわけがない
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応援してます!!!!!!!!!