翌日。
目覚めた私は、抱き枕とは違う感触に疑問に思った。
意識がはっきりしたところで、私は昨夜の出来事を思い出す。
ルイスにプロポーズされ、それを私は受け入れたのだ。
その後、私たちは――。
(私……、ルイスと愛し合ったのよね)
初めての経験ばかりで細かくは覚えていないけれど、その間は幸福な感情で満たされていた。
夜が明けた後も、私とルイスは一緒のベッドで眠っていた。
私は半裸のルイスに抱きしめられている体勢で目覚めたのだ。
(鼓動の音……、落ち着くなあ)
耳を澄ませば、ルイスの心音が聞こえる。彼の体温は心地よく、眠気を誘う。
今日はトキゴウ村の人の荷馬車に乗せてもらう予定だから、少し寝過ごしても問題ないとルイスは言っていた。
瞼を閉じ、二度寝をしようと思ったところで、ルイスの身体が動いた。
「……起こしたか?」
「ううん、さっき起きたばかりよ」
ルイスが目覚めたのだ。彼は私に優しく語り掛ける。
私を抱きしめていた腕が動き、私の頭を撫でてくれる。
見上げると、ルイスが微笑んでいた。
昨日までは何も感じていなかったけど、今はその表情を見るだけでドキッとしてしまう。
「可愛い」
「なっ、急にそんなこと言われても」
「戸惑ってるロザリーも可愛い」
「からかわないで、恥ずかしいじゃない」
目が合うと、ルイスが唐突に『可愛い』と口にした。
甘い言葉を口にされ、きゅっと胸が締め付けられる。
戸惑っていると、その様子も『可愛い』と言われた。
視線をルイスからそらすと、彼は私の頬に触れ、優しく撫でてくれた。
ごわごわした手の平の感触がくすぐったい。
「……私も、ルイスのことカッコいいと思っているわ」
「そっぽ向いて、ぼそっと本音を呟くところ……、最高に可愛い」
「もうっ! なんでも可愛い、可愛いって言わないでよ」
「じゃあ、好きって言いかえればいいか?」
「っ!」
私の額にルイスの唇の感触がした。
「好き」
瞼、涙袋、頬にキスを落とされる。
「宝石のようにきれいな緑の瞳が好き、ぱっちりとした目元が好き、恥ずかしがると真っ赤になるほっぺたが好き」
ルイスはキスをするたびに、私の『好きなところ』を伝えてきた。
そして、私にキスをした。
プロポーズされてから、私とルイスは何度もキスをした。
回数を重ねるごとに、ルイスの想いが伝わってきて、それに応えたいと感じるようになっていた。
「私も……、ルイスが、好き」
ルイスの身体に腕をまわし、ぎゅっと抱きしめた。
起きたくない。もう少し二人の時間を過ごしたい。
けれど起きて、屋敷に帰らなきゃ。
「ロザリー、もう一泊していかないか? 屋敷に帰したくない」
「それは駄目。屋敷に帰って課題曲の練習をしなきゃ」
この家にもう一泊したい。
ルイスも私と同じ気持ちだったらしく、耳元で囁かれる。彼の低い声が耳元で聞こえ、ビクッと身体が震えた。
誘惑に負けそうになるも、私は屋敷で待っているクラッセル子爵とマリアンヌ、グレンのことを思いだし、ぐっと堪えた。
今の私は毎日手を動かして、課題曲を身体に覚え込まないといけない。
一日休むだけでも、腕が訛る。
家族の期待に応えるためにも、屋敷に帰らなきゃ。
「課題って……、編入試験のやつか?」
「うん」
「合格したら、トゥーンで生活するんだよな」
「そうよ」
短い会話をしながら、私とルイスはベッドから身体を起こした。
はだけた寝間着を整え、乱れた髪を手ですく。
ルイスは床に落ちていたシャツを拾い、それを着ていた。
「ルイスも進級したら、トゥーンに戻るんでしょ?」
「ああ」
トルメン大学校に編入すれば、士官学校で通っているルイスと会うことができる。
祝日が合えば、街でデートすることだって。
「私ね、トキゴウ村に来る前はトゥーンで暮らしていたの。だから、新学期になったら――」
「俺も、ロザリーと一緒に行きたい場所が沢山あるんだ」
後ろからぎゅっと抱きしめられる。
ルイスの抱擁は、マリアンヌと同じく私を安心させてくれる。
私の傍にはルイスがいてくれる。
ひとりぼっちになると恐れなくてもいいんだ。
「その試験に受からないと、それも叶わないんだよな」
「ええ。だから、少し待っていて」
「……分かった」
了承してくれたものの、ルイスの声は少し残念そうに聞こえた。
抱擁が解かれ、私は自分のトランクのある部屋へ向かう。
寝間着を脱ぎ、昨日のワンピースに着替える。
化粧品で顔を整え、コームで髪をすく。
三つの束に分け、それを昨日のプレゼントについていたリボンと共に編み込む。
メイドやマリアンヌのようなヘアアレンジにはならなかったけど、お洒落に仕上がったと思う。
外向きの身支度を整えたところで、すべての用具をトランクの中に入れる。
「あと、これも」
最後にルイスから貰った童話の本と包み紙を入れた。
屋敷へ持って帰ったら、形見の本の隣に飾ろう。
包み紙は工作して、本の栞にしたい。
五年間、ルイスが大切に持っていたものだ。全て大事に使いたい。
「ロザリー、支度すんだか?」
「うん。今、行くわ」
ノックの音と共に、ルイスの声が聞こえた。
忘れ物が無いか部屋を確認したのち、トランクを閉じ、それを持って部屋を出た。
ドアを開けると、普段着のルイスが立っていた。
昨日と同じ服装なのに、ルイスを目の前にするとドキドキする。
「昨日、言いそびれたんだが……、そのワンピース似合ってる」
「あ、ありがとう」
「前、会ったときよりも明るく感じるし、スカートの生地がヒラヒラしてて……、好きだな」
「ルイス……、私の服装、そんなに細かく見ていたの?」
「もちろんだ。何着か見てきたけど、今の服装が一番いい」
ルイスは明るい色の服が好きなんだ。
黙ってはいたものの、私の服装を毎回チェックしていたらしい。
口喧嘩ばかりしていたのに、その間、私のことを見ていたなんて。
私がその場に立ち尽くしていると、ルイスは三つ編みに触れた。
「このリボン……」
「本を包んでいたリボンよ」
「昔に買ったやつで、色がくすんでただろ? 街に帰ったら新しいのを――」
「これでいいの」
私のことをずっと見ているのだから、当然リボンのことも気づく。
新しいものを買おうと提案してくれたが、私は首を横に振った。
「本だけじゃなくて、包み紙もリボンも大事にしたいの。だって、あなたから貰ったものだから」
「……そんなこと言われたら、俺、我慢できなくなる」
思ったことを口にしたら、ルイスに抱きしめられた。
このまま身をゆだねたら、昨夜のようになるのだろうか。
私はルイスの背をポンと叩いた。
「私も出来るならそうしたいわ」
「なら――」
「でも、数年後、後悔するかもしれない」
ルイスに甘えたい、愛し合いたいという気持ちを抑え、私は彼に訴えた。
私の理性が勝ったのは、屋敷から出る前にクラッセル子爵の後悔を聞いていたから。
「数年後って、なんだよ」
「えっと、昨夜は勢いでルイスと一緒になったけど……」
それを知らないルイスは、私に問う。
私はすうっと空気を吸った後、答えた。
「でもね、それで私の音楽の道が絶たれることが起こったら……、幸せだったことが、数年後、後悔に変わってしまうと思うの。だから、昨日の夜みたいなことは……、私が学校を卒業するまで待って欲しい」
私は音楽の道を諦めたくはない。
音楽で私の人生は大きく変われたから。
ルイスを愛していても、これだけは譲れなかった。
私は自分の意思をはっきりとルイスに伝えた。彼は、どう返事するのだろうか。
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