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やけに明るい夕日が雲の間から差し込み、黒い影を伸ばしていた。
ふと、耳元で「チリン…」と音がして名前を呼ばれたような気がして横を向いた。
そこには、こじんまりとした喫茶店らしき店が気配を消すように静かに誰かくるのを待っていた。
どこからか出る好奇心が身体を勝手に動かした。
喫茶店の近くに向かって歩き、窓をそっと覗くとガランとした店内に一人の客と店員がいた。
何かを話終えたのであろう客は、満足そうな清々しい笑顔をしていた。
そして、席を立ち上がり出入口に向かってきた。
こちらにくる。
別に動じることではないのに、急いで物陰に隠れた。
隠れたところで、カランカランと心地のいい音が鳴りダークブラウンのチョコレートのようなドアが開いた。
中から、店員が出てきてその後に客が出ていった。
「まいどおおきに。ほな、お気をつけて」
物陰から少し顔を出し、そちらを見ると古風な着物に少しフリルのついて上品なメイド姿の女性がいた。
2つに結ばれた長く艶のある茶色い髪が靡いていた。
つい、その立ち姿にみとれているといつの間にか彼女は、こちらを覗いていた。
まずい。そう思って、後ろに下がると彼女は、こちらを向いた。
「そんな隠れんでいいよ、お客はん」
そう言ってくすりと笑い、手招きをした。
そして、後ろを向きそのまま店内へと入って行ってしまった。
どうするか迷った後、勇気を出して入ってみることに決めた。
謎の緊張感と不思議な雰囲気に引かれている自分がいた。
店のドアを開けると彼女が先程の客がいたテーブルを片付けていた。
「いらっしゃい」
「ど、どうも」
「どこでも好きな席座り〜」
そう言ってカウンターに向かっていった。
店内は、落ち着いたダークブラウンのシックなテーブルとワインレッドの布が使われた椅子が数個。
カウンター席も似たような色合いでまとめられている。
しっかりと手入れが行き届いており、年季の入ったような物も綺麗な状態に保たれていた。
「これメニュー、あたしがそっち行くまで見といて」
メニューを机に置いてまた、カウンターの方へ戻って行った。
よく見ると、犬…のようなふわりとした耳がついており、目は、透き通るような赤と黄色のオッドアイになっていた。
頭の中は、混乱していたが何故か取り乱すことは無く、心は不思議なくらいに落ち着いていた。
言われた通り素直にメニューを開くと、The喫茶店のようなメニューが書かれていた。
珈琲 紅茶 クリームソーダ カフェラテ…
プリン サンドイッチ…
メニューを一通り見て、前を向くと黒いメモ帳を持った彼女がいた。
「ほんで何にするん」
女性にしては少し低いような落ち着いた声をしていた。 耳に馴染む。
彼女は、ペンを頬に当てこちらを見た。
「え、えと、」
注文を聞かれ焦り決められない自分をみて彼女は、メニューを指さした。
指された先を見ると、珈琲の表記があった。
「あたしのおすすめは、これ。シンプルやけど、一番美味しいんよ。」
「じゃあ、それでお願いします」
「まいど〜」
手元のメモに注文を書くと彼女は、机の上にあったメニューを取りまたカウンターの奥へ消えていった。
静かな店内で珈琲を待っていると、カウンターの奥から彼女以外の声がした。
他の従業員もいるのだろうか。
そんなことを考えながら、ぼーっとしていると丸く茶色いお盆に珈琲を乗せた彼女がきた。
「おまちど〜」
お盆から珈琲を下ろし、カタンと音を立てながら机に置く。
できたてなのであろう、まだ白い湯気が曲線を描きながら上に上っていく。
「ありがとうございます」
礼を言って珈琲を持ち、口をつける。
珈琲を近づけた途端に、深く香ばしい香りが鼻を通り抜ける。
一口飲むと、一瞬にして強い苦味を感じたが、どこかすっきりしていて飲みやすい。
上品な珈琲だ。
「どう?」
彼女が、向かいの席に座り頬杖をしながら聞いてきた。
「おいしいです。すごく上品な感じで」
そう言うと彼女は、口を緩めて目を細くし明るい声色で嬉しそうに手合わせた。
「そやろ、こだわってるんよ。うち店長はん、珈琲好きやねん」
カウンターの奥を指差しながらにこにこして話す。そんな彼女を見ていると段々と緊張も溶けてきた。
なんだか、この空間がとても落ち着く。
不思議な感覚がする。
初めて来たはずなのに、どこか既視感がある。
来たことがあるような気がする。
「あの、その失礼かもしれないんですが」
彼女が綺麗な赤と黄色の目をこちらに向け首を少し傾げる。
見れば見るほど、鮮やかで綺麗な色をしている。
オッドアイの人にあったのは、初めてだ。この世の人とは思えないような独特な雰囲気がある。
「その耳?って……」
「あぁ、これねぇ」
茶色く少しまるみを帯びた獣耳に手をあてる。
艶っとしていて、テーブルの明かりが鈍く反射している。
着物の長い袖がふわりと動いて、白檀のような香りと珈琲特有の匂いが混ざったような香りがふんわりとした。
「うちはケロベロスやねん、だからなんでもない。ただのうちの耳や」
思わぬ返しに、驚いて用意していたはずの言葉が出てこない。
何を言っているんだ彼女は。
ケロベロス…?小説やゲームの中でしか聞かない単語を耳にして、脳が上手く言葉を呑み込めないでいた。
あぁ、これは冗談なのか。
彼女もそんな冗談を言うような以外な一面もあるんだな。
案外、お茶目だったりするのかな。てか、きもいかこの思考回路。
「そうなんですか」
彼女は、獣耳をぴくぴくと動かした。
「うん」
顔色変えずに当然かのように話しているが、こういう軽い冗談なのであろう。
よくある、コンセプトカフェみたいな感じなのか?
「さて、と。次はあんさんの番や」
彼女が薄らと微笑んだ。
何のことを言っているのかよくわからない。
しかし、彼女の目には一切冗談を言っているような感じはなく、真剣な目をしていた。
「俺ですか」
なんのことかよくわからない。心当たりなんてものは何も無いし、ここの店に来てからまだ数分程度しかたっていない。
何を話すことがあるのだろう。
もしかして、何か彼女を怒らされることをしたのだろうか。
「そうや、なんでこんなとこに来たん」
「え?」
こんなとこに来たんだってどういう事だ。
だって、俺はただ普通にいつも通りの道を歩いていて、、気づいたらそこに喫茶店があって、なんとなく気になって、、って。
なぜ気づかなかったんだ。
いつも通り毎日通っている道のはずなのに。
こんな古風な喫茶店を見かけたことはなかった。新しく建てられたような雰囲気はない。新しく建物を建設していた様子も見たことがない。
何か、おかしいんだ。
「ふふっ、その顔は何かおかしなことに気づいたって感じやね」
ハッとして、顔を前に上げると彼女は頬杖をしたまま穏やかな顔をしてこちらを見ていた。
彼女は、何を知ってて、ここはどこなんだろう。
俺は、何をしているんだ。
早く帰らないといけないんじゃないだろうか。
「あー、すいません。俺もう帰ります。会計お願いします。」
席を立ち上がる。
キィ、と床と椅子が擦れる高い音がする。
なんでもいい、早くここから出なければ。
「まぁまぁ、せっかく来たんやし、ゆっくりしてき。まだ、珈琲も残ってるし。」
彼女は、俺の手首をそっと押さえた。
俺は、何故か落ち着きを取り戻しその場で棒立ちになった。
「大丈夫や。ちゃんと帰したるから」
そして、俺は頷き、雑に引いた椅子を戻してその上に腰を下ろした。
確証はないのに、何故か彼女の言葉を信頼できた。きっと大丈夫、彼女に悪意はないと。きっと”帰してくれる”のだと。
とにかく、一度落ち着こう。
珈琲を口にする。ぬるくなっていたが、味は変わらず美味しい。
「俺の事知ってるんすか」
何故か不思議とそんな言葉が出た。
なんの根拠もない、ただ、そんな気がした。
自分でも何を話しているんだと思ったが、気づいた時には、口に出ていた。
「知ってるかもしれへんね」
彼女は、そんな曖昧な不確かな返事を返した。
「はよ話さんと珈琲冷めるよ」
残った珈琲を見つめる。
深い焦げ茶色に暖色の照明が映る。
作者 黒猫🐈⬛
「まいどおおきに」
※無断転勤などの行為は控えてださい
※この物語は本人様とは関係ありません
※ご感想や改善点などはコメント欄にお願い致します
この物語は短編小説となります。
つづく