夕日が沈みそうな公園で鳩がトコトコと歩いていた。
美羽は、1人でポツンとブランコに乗ってゆらゆらとしていた。
3歳の美羽は、家にいるのが嫌でいつも近くの公園で1人で過ごすことが多かった。
どうして帰りたくなかったか。
それは、家で実の両親が壮絶な喧嘩をしているのを見たくないからだ。
皿は飛び交う。
お酒が入ってた一升瓶は床に転がる。引っ越したのは3年前なのに
ずっと片付かないダンボール。
万年床。
ねずみやゴキブリがいそうなくらいの薄暗い部屋。
お風呂があるのにしばらく入ったことがない。時々忘れた頃に近所の銭湯に行く。
いつから壊れたのか洗濯機を直すこともせずに母はいつもコインランドリーへ行く。
そんな環境になったのはいつからだろうか。
美羽が生まれたばかりはごくごく普通の温かい家庭だったはず。
母も美羽の生まれた瞬間の顔を写真を撮って部屋にずっと飾っていた。
でも精神的に病みやすい性格の母は、母乳が出なくなってからおかしくなった。
ミルクを買いに行かないとドラッグストアに走るが大人が食べる食材は二の次になる。
カップ麺やコンビニのおにぎりが増えた。
キッチンに立つことが少なくなり、洗濯もろくにできなくなる。
父は、美羽の母乳からミルクに変わったとたんに長年正社員で働いていた会社を突然辞めて、単発の仕事を
繰り返し、転職し続けた。
給料も不安定な生活になり始めて、時々、水道や電気が止まることがあった。
美羽が1歳になって歩き始めた頃、父はギャンブルにハマった。飲むお酒も増えた。
そうこうしてるうちに仕事をクビになった。
3歳になって公園で1人遊びになった日。
皿が飛ぶ喧嘩になった。父は、母の目を離した隙に命を絶っていた。
団地に住んでいた美羽の父は屋上から飛び降りていた。
その様子を目の当たりにした母は、美羽のことを考えもせずに後を追うように一緒になって飛び降りた。
3歳で絶望を覚えた。
信じていた両親が一気に目の前から消えていった。
涙も流したくても流れない。
警察や児童養護施設の人などいろんな大人の人が集まったが、最終的には遠い親戚だという今まで見たこともなかった家族に引き取られた。それが、颯太の父と美羽の義母が従兄妹だと言う話だ。
実母がどのつながりかは聞かされていなかった。
もしかしたら、安心させようと親戚ってことにしようとなったのかもしれない。
腫れものにさわるような様子で引き取られた朝井家は大人になった今でも距離感は縮まることはなかった。
美羽が帰りたくないのは義理の妹である2歳年下の朝井絵里加《あさいえりか》との差別が手に取るようにわかるからだ。
血のつながりがないだけでこんなにも差があることが悔しかった。
大人になればそれも気にせず生きられるのにとやっと解放されたと思っていた。
◻︎◻︎◻︎
「美羽、ほら、行こうよ」
美羽の実家の前にすでに車は到着していた。
運転席に颯太、助手席に美羽、後部座席に紬が乗っていた。
これから、家の中に行って菓子折りを渡そうとするところ。
小洒落た服装で整えて東京から福島のこの地に高速道路を使ってやってきたと言うのに、美羽の足は
思うように動かない。約束していたわけじゃない。
自営業をしていた朝井家は、いつでも誰かが自宅にいる。
紬は後ろから顔を出して、
「美羽ママ!! もう、着いたんだから行こうよぉ」
珍しく大人気ない対応の美羽に少しいらだつ紬。
颯太は、運転席からおりて、助手席に移動する。
「ほら、俺が、話すから。しっかり。頼りないと思うけど」
「うん、かなり……」
「いや、うん。そうだよね。紬もいるしね。会うところから複雑だもんね。そんなこと言ったって結局ばれるんだからさ」
ともみくちゃと話していると、庭で畑作業をしていた美羽の義父の朝井和哉《あさいかずや》が外がガヤガヤするなと
様子を見に行った。
「どなたさま? 家の前で騒ぐのは……」
「あ、あー。ほら……」
颯太が、見つかってしまったという顔をして美羽の腕を掴んで車から出した。
後部座席の紬も外に出てきた。久しぶりに履いたヒールは痛かった。
「ただいま」
恥ずかしそうに美羽が、和哉に声をかけた。
目を大きくしてびっくりしていた。
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