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🎧短編「近すぎて、遠い」
朝。
目が覚めた瞬間、思い出す。
(……最悪)
昨日の会話。
“変わってもいいなら”
“今のままでいい”
全部、そのまま残ってる。
琉夏「……はぁ」
深く息を吐く。
忘れたふりでいい。
いつも通りでいい。
そう思って、部屋を出る。
リビング。
冬星がいる。
ギターを持ってる。
いつも通り。
……のはず。
琉夏「……おはよ」
冬星「おはよ」
普通のやり取り。
でも。
空気が、微妙に違う。
(なんだよこれ)
距離は、変わってない。
でも。
近づくのが、少し怖い。
ソファに座る。
いつもより、少しだけ離れる。
(いやなんでだよ)
自分で違和感に気づく。
冬星が、ちらっと見る。
冬星「……遠い」
一言。
琉夏「は?」
冬星「そこ」
軽く顎で示される。
図星。
琉夏「別に」
すぐ否定する。
でも。
冬星「昨日のせい?」
(は???)
またそれかよ、って思うのに。
否定しきれない。
琉夏「違う」
少しだけ間が空く。
それが、余計に怪しい。
沈黙。
落ち着かない。
(……なんなんだよ)
いつも通りにしたいだけなのに。
うまくいかない。
琉夏「……なんか弾けよ」
誤魔化すみたいに言う。
冬星「弾いてる」
確かに、さっきから鳴ってる。
でも。
いつもと違う。
音が、少しだけ合わない。
無意識に、ベースを手に取る。
合わせる。
でも。
タイミングが、ズレる。
琉夏「……」
一回止める。
(なんでだよ)
いつもなら、自然に合うのに。
意識した瞬間、ズレる。
そのまま沈黙。
冬星が、ゆっくり口を開く。
冬星「……昨日の」
(来た)
冬星「気にしてる?」
直球。
琉夏「してねえ」
即答。
でも。
声が、少しだけ硬い。
冬星は、少しだけ見てから。
冬星「してる」
断定。
琉夏「してねえって」
少しだけ強く言う。
沈黙。
でも。
逃げきれない。
(……くそ)
琉夏「……ちょっとだけ」
小さく、認める。
冬星は、少しだけ目を細める。
冬星「なんで」
琉夏「……分かんねえよ」
正直な答え。
でも。
少しだけ間を置いて。
琉夏「変わるって言っただろ」
ぽつりと落とす。
琉夏「ああいうの」
それが全部だった。
冬星は、少しだけ考える。
それから。
ギターを置く。
一歩、近づく。
(……は)
距離が、一気に縮まる。
さっきまで、気にしてた距離。
簡単に、越えてくる。
冬星「今と」
静かな声。
冬星「どっちがいい」
逃げ場がない。
“今のまま”か
“変わる”か
選ばされる。
心臓が、うるさい。
(……なんだこれ)
でも。
視線は、逸らせない。
少しだけ、息を吐く。
琉夏「……どっちでもいい」
嘘。
でも。
正直でもある。
琉夏「お前なら」
ぽつりと続ける。
一瞬。
冬星の目が、わずかに揺れる。
でも。
それ以上は、進まない。
沈黙。
数秒。
それから。
冬星が、少しだけ距離を戻す。
冬星「……そ」
それだけ。
元の距離。
でも。
さっきまでと、全然違う。
“戻った”のに。
戻ってない。
琉夏「……弾くか」
ぽつりと言う。
冬星「うん」
また音を出す。
今度は、ちゃんと合う。
さっきまでのズレが、嘘みたいに。
理由は分かってる。
距離が、決まったから。
触れない。
でも。
いつでも触れられる距離。
それを、お互い分かったから。
音が重なる。
そのまま、日常に戻る。
でも。
もう前とは違う。