「慧君にはちゃんと話したから。私がこの先慧君とどうにかなるとか……絶対ないから。果穂ちゃんの言う『惑わせるようなこと』って何なのかわからないけど、私が『杏』にいる限りは慧君に会ってしまう。でも、それは特別なことじゃないから」
「雫さんはズルいですよ。みんなに好かれて、それで最後はお金持ちの社長と付き合うなんて。結局、みんなを振り回して傷つけて」
「果穂ちゃん、それは違うよ。私、あの人がお金持ちだから好きになったんじゃない。祐誠さんのこと……心から好きだって思えたから。果穂ちゃんが慧君を想う気持ちと同じだよ」
「一緒にしないで下さい! 私は、こんなにも慧さんのことが好きなんです! フラフラして決めたんじゃない!」
胸が苦しくなった。
確かに、フラフラしてって言われても仕方ない。
だけど……
「私、今はちゃんと祐誠さんが好き。この気持ちは誰にも負けないよ」
「もういいです。あんまり話したくないですから。私、慧さんのことずっと好きです。大好きです。だから、絶対慧さんをこれ以上惑わせないで。本当、さっさとあの社長と結婚して下さい!」
そう言って、冷たくドアを閉めて出ていった。
果穂ちゃんとは……歩み寄れそうにない。
これ以上、何を言い合っても、きっとお互いがつらくなるだけだから。
痛む胸を抑え、私は仕事に戻った。
夜になるのは早かった。
いつもより疲れた気がするのは、果穂ちゃんとの会話のせいかな。
足取り重く帰っていると、聞き覚えのある声で呼び止められた。
「け、慧君?」
「お疲れ様、雫ちゃん」
「どうしたの? こんなところで……」
「配達だよ。この近くを回ってたから」
こんな時間に?
東堂製粉所の車も近くに止めてあるけど……
「そ、そうなんだ。お疲れ様」
「今、終わったの? 家に帰る?」
「うん、帰るよ」
「そっか」
「あ……あのね。私、今、榊さんと一緒に住んでるんだ」
すごく言いにくいことだったけど、慧君には話しておいた方がいいと思った。
「一緒に……?」
言葉が止まり、慧君は潤んだ瞳を見開いて、少しの間、瞬きもせずに私を見た。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「そっか……良かった。あの社長さんはいい人だし、カッコいいし。雫ちゃんとお似合いだよ。一緒に住んでるなんてびっくりしたけど、でも、雫ちゃんは本当に……幸せなんだね」
慧君は、驚いた表情から優しくて穏やかな顔に変わった。
私、この顔好きだよ……
「うん、幸せだよ。あと、榊さん、私にプロポーズしてくれたんだ」
いろいろ展開が早くて驚いてるよね。
私だって、自分自身びっくりしてるんだから。
ごめんね、全部話してしまって。
頭の中があんまり整理されてないけど、でも言わないと、また……
慧君を惑わせることになるかも知れないって思ったから。
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