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「お前は!父上が心配ではないのか!」
セシルはリリアに怒鳴った。殴りたい衝動を必死に抑えながら、体を震わせていた。
そんなセシルの様子から、自分が不味いことを言ったのだとリリアは思ったが、リリアにも言い分はある。
「私は何も悪くないのに、どうして謹慎しなければならないの?お兄様だってそう思わないの?私は婚約が駄目になったのよ、それなのに、慰めてくれるはずの親に怒られて謹慎だなんて、酷すぎるわ!」
リリアの中では、一番辛い目にあったのは自分だった。それなのにマーケリー伯爵家からの帰りの馬車でも、どれだけ泣いても二人は慰めてくれなかった。それが悲しくて辛くて堪らないのに、謹慎という仕打ちまで受けた。どうして自分だけがこんなに辛い目に合わなければならないのか、と悲しみに暮れているときに、母が助けに来てくれた。リリアのために今日からここに住むという。
「お母様が、謹慎を言い渡したのはお父様だから、それは無効だと仰ったもの。お兄様はお父様みたいに酷いことは言わないって信じてたのに、お兄様まで酷いわ!どうして私が責められなければならないのよ!」
セシルは目の前で恨みの篭った目で睨みつけるリリアを見て、自分は今まで何を見てきたのだろうと体から震えが来るのが、怒りからなのか恐怖からなのか、もう分からなくなっていた。
「ねぇ、セシル。スティーブは倒れたんだから、もう侯爵はあなたが継承したほうがいいんじゃない?」
「な!父はまだ目を覚まさないんです。父の意向もわからないのに、軽々しく言わないでください。それに母上にはこの家の事は関係ないじゃありませんか」
「あるわよ。だってあなたは《《息子なんだから》》。息子の行く末を心配するのは母親として当然よ」
ソフィアには、勝算があった、セシルはスティーブによく似ている。他者が理不尽な目にあったりするのは憤るが、特に何をするわけではない。自分から動くつもりがないのだ。だが、その理不尽が自分に降りかかるときは違う。その時はひたすら《《逃げる》》。戦う気も争う気もない、ただ《《逃げる》》のだ。
だからソフィアは、セシルにこの件は面倒臭いと思わせる事で、彼が逃げて流されるのを待つつもりだった。
そしてその日から、別邸に居座り、何日もかけてセシルにオリジエル侯爵家を継ぐように言い続けた。
本邸では、リリアが家令に命じて、家を出ない代わりに買い物でストレス発散をしていた。学園に行こうかとも思ったが、婚約が出来なかったことを知られてる可能性もあるから、様子を見てからにしようと行くのを止めていた。
セシルは追い詰められていた。
冷静に考えればソフィアとリリアを追い出せばいいのだが、リリアはまだオリジエル侯爵家から除籍をしていないし、セシルにその権限はない。ソフィアに至っては、行き場のない母親を追い出すほどの非情さがセシルにはなかった。
そして目を覚ましたスティーブは、意識はあるし体は落ち着いたが、声が掠れていてハッキリと聞き取れない。爵位の継承の件はセシルが聞くと、目を左右に動かし何かを言いたい素振りはあるが、言い出せない。そんな感じだった。
執務はセシルが代わりに行っているが、今までの倍の仕事量でそれだけでも大変なのに、執務室にしょっちゅうソフィアがやってきて、継承の話をする。
そんな日々に耐えられなくなって、とうとうセシルは医師の診断を仰ぐことにした。
医師から父スティーブが、侯爵を続ける事が出来ないと言われたら、その旨を王宮に進言して継承の手続きをする事を決めた。
それを妻のアリスに伝えることにした。
スティーブが倒れてから、執務の忙しくなったセシルは、アリスと会う時間を取れなくなっていた。それというのも、リリアとソフィアの散財で、アリスの方も家政を回すのに窮していたからだ。お互いが忙しすぎて、すれ違い続け(当然ソフィアの邪魔が入っていた)二人が話をする為に漸く会えたのは、スティーブが倒れてもうすぐ4ヶ月が経とうとする頃だった。同じ屋根の下で暮らしている夫婦としては有り得ない期間だった。
「父上がこのまま回復しないのであれば、私が侯爵を継ぐ手続きをしようと思う」
「ソフィア様に言われたからなの?」
アリスは、ソフィアが来てから家の中を掻き回されて、頭がおかしくなりそうだった。
セシルにどうにかして欲しいという思いはあったが、彼の忙しさをアリスは分かっていた。オリジエル侯爵家の女主人は、セシルと婚姻してからはアリスの役目だった。
それなのに、ソフィアはアリスに助言という名の押し付けをする。それが参考になればいいが、自分に都合のいいようにしかソフィアは言わないから、迷惑でしかない存在だった。
だがセシルはソフィアを追い出せない。
まだセシルが幼い頃に、祖母に虐げられて侯爵家を追われ、そのまま実家である伯爵家から厄介払いのように後妻に押し込まれた|ソフィア《母》を、セシルはいつも守ろうとしていた。
今回も、その気持ちがある為に、ソフィアを追い出そうとは微塵も思っていない。このままソフィアがこの家に居座っている状態で、継承するのはとても危険ではないかとアリスは思った。
「まぁ母上はずっと言い続けてるが」
その言葉を聞いたアリスは、いつもの逃げるセシルが顔を出したと感じた。
ナーシャが家を出て、アリスは流石に彼女への仕打ちを反省した。反省したところで、時間は巻き戻ることはない。それでも今のままではいけないとアリスは思った。
オリジエル侯爵家の行く末は、セシルとアリスに掛かっている事を、漸く彼女は自覚し始めていた。
「ねぇあなた、継承するのは少し待ってくれない?」
「何故だ?」
「今はお互いとても忙しいでしょう?」
「あぁそうだな、次はいつ会えるか」
そう言ってセシルは切ない目をした。
その目を見たアリスは、まだセシルは変われると思った、そして自分も。
変わるために先ずする事は、人を頼る事だと思った。自分達の殻に閉じこもれば、ソフィアにいいようにされてしまう。
「私、王宮で働く友人がいるの」
「えっ?そんな人がいたのか?」
「えぇ、継承に必要な事をちゃんと聞いてくるわ。それからでも遅くないでしょう?」
「そうだな、父上が倒れてしまったから、手続きも手探りになってはいけないし。アリスに任せるよ」
「ありがとう、じゃあそれまではソフィア様にもこの事は言わないでね」
「えっ?元々母上には関係ないから言わないよ」
「そ、そうよね」
セシルの言葉にアリスは、彼が無自覚なのだという事も知った。
王宮で働く友人などアリスには居ない。顔見知り程度ならいるかもしれないが、アリスはそんな人物に心当たりなどなかった。セシルに言ったのは時間を稼ぐための嘘だった。
(セシル様、嘘ついてごめんね)
次の日、アリスは実家に帰り、父にすべてを打ち明けた。
コメント
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第34話、読み終えました…。リリアが完全に自分中心の視野狭窄に陥っていて、セシルが追い詰められていく様子が切なかったです。一方でアリスの「人を頼る」という決断にほっとしました。夫を思ってついた嘘、その後に実家へ打ち明けに行く勇気に、彼女の変わろうとする意志を感じて応援したくなりました。ソフィアの手練手管も怖いですね…次が気になります!