テラーノベル
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放課後、誰もいない廊下。
静まり返った空気の中で、音楽準備室の扉が開き、若井がゆっくりと出てきた。
その前に、まっすぐ立っていたのは、大森元貴だった。
「……先生」
声をかけられた若井は、少し驚いたように顔を上げた。
何かを見透かすような瞳で、元貴はまっすぐ彼を見つめていた。
「……なんだ、大森。まだ残ってたのか」
「はい。でも……」
一拍置いてから、元貴は静かに言った。
「……先生、なんか……辛そうです」
「……え?」
言葉の意味を理解するまでに、数秒かかった。
けれどその一言は、胸の奥にずしりと落ちた。
「無理して笑ってるの、分かります。……俺、最近ずっと見てましたから」
柔らかい口調だった。
責めるでも、慰めるでもなく、ただ“寄り添うように”話す声だった。
「……先生、何かあったんですか?」
若井は、言葉を飲み込んだ。
何も答えられなかった。
「……ごめん」
ようやく絞り出した声は、かすかに震えていた。
そう言って彼は、ふっと俯き、そのまま元貴の前を通り過ぎていった。
背中に残るのは、温度を帯びた沈黙だけだった。
—
翌日。
午前の数学の授業中、元貴はノートに鉛筆を走らせながら、時折額を押さえていた。
若井はそれに気づき、何度か視線を送る。
だが元貴は「大丈夫」と微笑んで見せた。
しかし——
「……っ」
突然、音も立てずに机に突っ伏す。
隣の席の生徒が慌てて声をかけた。
「先生、大森くんが……!」
若井はすぐに駆け寄り、その体温のない肌に触れる。
「……貧血だな。無理すんな、俺が保健室まで連れて行く」
肩を抱き、慎重に立たせる。
元貴は少しだけ意識が朦朧としていたが、どこか安心したような顔をしていた。
(……先生の手、あったかいな……)
保健室の白いベッドに寝かされ、若井はその額に手を当てた。
「少し休めば治るだろう。……誰か先生を——」
立ち上がろうとしたそのとき、弱い力で袖を引かれた。
「……行かないで……先生……」
その一言が、すべての始まりだった。
コメント
4件
はっっっ… 心臓止まるかと思った… めっちゃ続き気になります…!🥹✨
ほわぁぁぁぁ見るの遅れました…!!続き気になります…✨️