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朝のリビングに、穏やかな日差しが差し込む。
いつも通りのフォージャー家の朝食。
ヨルがパンを焼き、アーニャがジャムを塗りすぎて、エレナがそっと拭いてやる。
その光景を見つめながら、ロイドはわずかに目を細めた。
(こんな時間が、永遠に続けばいいと思ってしまう――)
だが、任務は待ってくれない。
新聞の裏に仕込まれた連絡には、たった一文が記されていた。
「次の作戦、同行者:E・フォージャー」
エレナの名があった。
夜。
ロイドは書斎で資料を整理していた。
潜入先は東国の軍関係者が集まる外交晩餐会。
形式上の同行理由は“通訳兼補佐”。
だが本当の狙いは、彼女の動きを確かめること。
扉が静かにノックされた。
「失礼します、ロイドさん。」
入ってきたエレナは、真剣な表情をしていた。
「明日の件……本当に私が行くんですか?」
「通訳が必要だ。君の語学力は頼りになる。」
「……そうですか。」
短く返事をしたあと、彼女はほんの一瞬、寂しそうに笑った。
「アーニャ、心配してました。“ちち、またお仕事?”って。」
ロイドの手が止まる。
「……そう言ってたのか。」
「はい。でも“がんばれって伝えて”とも。」
ロイドは小さくうなずいた。
胸の奥が、少しだけあたたかくなる。
翌晩。
晩餐会の会場に、フォージャー夫妻の“長女”としてエレナが現れた。
白いドレスの裾を揺らし、完璧な笑みを浮かべながら。
ロイドは黒いスーツ姿で、自然に隣を歩く。
視線、距離、立ち居振る舞い――すべてが計算されている。
(……本当に、ただの少女なのか?)
任務が始まる。
ターゲットの動き、警備の配置、視線の流れ。
二人の間には、言葉を交わさずとも伝わる緊張があった。
だが、会場の奥――窓際で、銃口がわずかに光る。
エレナがわずかに息を飲んだ。
「……ロイドさん、右の窓。誰か、狙ってます。」
ロイドはすぐに合図を返す。
「確認した。俺が動く。君は――」
乾いた音が響いた。
弾丸が空を裂くより早く、エレナが動いた。
銃声と同時に、彼女のナイフが閃く。
次の瞬間、標的の男が床に崩れ落ちた。
会場中が悲鳴に包まれる。
ロイドが駆け寄り、彼女の腕をつかむ。
「……なぜ撃った!」
「あなたを狙ってた!」
「任務は排除じゃない、情報の確保だ!」
エレナの瞳が揺れる。
「……すみません。でも、あの人は引き金に指をかけてました。」
言葉が、喉の奥で止まる。
彼女の手がわずかに震えていた。
ロイドは深く息を吸い込み、短く言った。
「ここを出るぞ。」
二人は非常口から夜の街へと走り抜けた。
屋上。
風が強く吹き抜ける。
ロイドは無線を切り、深く息をついた。
「……任務は失敗だ。君の判断は、早すぎた。」
「……わかってます。でも、誰かが傷つくのは、もう嫌なんです。」
その声が、どこか痛いほど真っ直ぐだった。
ロイドは彼女を見つめたまま、何も言えなかった。
「ロイドさん。」
「なんだ。」
「私、怖いんです。家族を失うのが。」
その言葉に、ロイドの心がわずかに揺れた。
一瞬、彼は“黄昏”ではなく、“父親”としての顔を見せる。
「……俺も同じだ。」
朝の気配が、遠くの空を染めていく。
冷たい風の中、二人はただ、黙って立っていた。
🌙 次章予告
平穏な朝の裏で、動き始める新たな影。
今度の標的は、“家族”そのもの。
第8章「影の遊戯」
――守りたい笑顔が、再び狙われる。