『ねぇ、別れよ』
短く重い言葉を、君は表情を変えずに語りかけた。突拍子も無く突然発された言葉に驚いて勢いよく後ろを振り返り、君の目を見つめて凍りついた。
そんな君は嬉しそうな、幸せそうな笑顔を顔に貼り付けて、大人しく座っていた。
「な、なんで?」
僕、何かしたかな?もし嫌なことしちゃってたらごめん。謝るから…と、疑問の言葉の後につらつら言葉を並べた。当の君はこんな僕の言葉を聞いて尚、笑顔を絶やさずにいる。
「ね、別れるのやだよ」
『私、もう限界だよ。』
「ねぇ、僕何かした?」
『それが分からないなら話にならないよ。』
何を言っても否定されて、頭が回らなくなってきた。
出会った頃に一目惚れして、長い間アプローチを頑張って、やっとの思いで付き合えたのに。本当に、本当に大好きで堪らないのに、
「…捨てられたく、ない」
やだよ、捨てられたくない、捨てないで。
気づいたら彼女に縋りついて泣いていた。
「…あのさ、七瀬、ずっと思ってたんだよね。あんた私の事嫌いでしょ?」
「何話しても上の空だし、2年間付き合ってキスもまだ。連絡だってほぼ私からしかしてないしデートなんて片手で数えられる程度だよ?それに……いや、」
「正直、私と付き合ってる意味無いよ…」
そう言い切った君の瞳からは静かに一滴の雫が垂れ落ちた。僕の手を退かして、さっきまで貼り付けていた笑顔を消して。
そんなことない、上の空に見えるのは必死に表情が緩むのを抑えてるだけ、手を出してないのだって彼女を大切にしたいし、連絡は何時間も悩んで結局送れない事が多くて……
こんな言葉は全て言い訳に聞こえない、か。
そう思って僕は君に一言かけた。
「じゃあ、彩夜は僕が嫌い?」
彼女は僅かに目を見開いて、こっちを見つめた。
ずっと我慢していたのか、大粒の涙が黒い水晶の様な目に浮かんでいた。数秒経った後、長い睫毛を下に向かせて、大粒の涙が、1つ2つとたれて落ちた。
そんな様子をただ見つめている僕に、彼女は震える声で弱々しく呟いた。
「…嫌いだよ。」
『本当に?』
「うん、本当に、だいっきらい。」
妙に間を開けて返答する彼女に違和感を感じた。
本当に僕の、私の事を嫌いになったなら仕方ない。さっきの、それにと続く言葉は同性の恋人という、世間にはあまり評価されない物に彼女も嫌気がさした事だったのかもしれない。元々クラスメイトからも色々言われ、虐められたりもしていた。
彼女が立ち、髪をなびかせ、此方をちらりと見て、踵返した。慌てて手を伸ばした。
あ、違う______
関係は今日でお終いなんだ。それなら、最後くらいは後悔無く君の前を去りたい。
だから、
「僕は、君の事。世界一愛してるよ」
そう、呟いて僕は後ろを向いた。このまま去っていく彼女を見ていると追いかけてしまいそうだったから。
靴が鳴らす、聞き慣れた音がふと止まった。
静かに、鼻をすする様な音が聞こえた気がした。
聞こえないフリして、僕は彼女が去るまで俯いていた。
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