テラーノベル
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朝日がカーテンの隙間から差し込み、目覚まし時計の音が静かな部屋に響く。花音は跳ね起きるようにして上体を起こした。
「……また、ここ」
枕元には、あの紺色の書物が鎮座している。
花音は震える手で顔を洗った。鏡に映る自分の顔は、ひどく青ざめている。けれど、心の中には冷たい決意が灯っていた。
(道を変えても、時間をずらしてもダメだった。なら、一秒たりとも凛から目を離さない。彼女が死に向かう『隙』を、私が全部埋めるんだ)
「おっはよー、花音! なに、その気合の入った顔。今日はテストでもあったっけ?」
校門の前、凛がいつものように快活に手を振っていた。その眩しさに、花音の胸がキリリと痛む。
「おはよう、凛。……ねえ、今日は一日中、ずっと私の隣にいて。いい?」
「えー?なに急にー?もしかして、甘えたい年頃とかー?」
凛は笑って花音の背中を叩いた。
午前中の授業中も、休み時間も、花音は凛の視界から一歩も外に出なかった。凛が少しでも窓際へ行こうとすれば袖を引き、階段では手すり側を歩かせた。
「今日の花音、どうしたの?過保護すぎない…?」
「いいの。……凛を守りたいだけだから」
不審がる凛を押し切り、放課後。あの日よりずっと早い時間に校門を出た。
ここまでは完璧だ。事故が起きる時間よりも一時間も早い。あの忌まわしい角を通る前に、凛を家まで送り届ければ勝てる。
しかし、運命は嘲笑うように牙を剥いた。
「あ、最悪! 図書館に、今日返さなきゃいけない本忘れてきちゃった!」
凛が突然足を止める。
「……え?」
「すぐ取ってくる! 花音、ここで待ってて。ダッシュで行けば五分で…」
「ダメ!!」
花音の声が裏返った。凛の肩を強く掴み、必死の形相で首を振る。
「な、何をそんなに焦ってるの?ただ本を取りに戻るだけじゃん。そんなに必死な花音、怖いよ……」
凛は困惑し、花音の手を優しく、けれど確実に振りほどいた。
「すぐ戻るから。ね?」
「待って、凛!!」
駆け出した凛を追おうとした、その瞬間だった。
普段は人通りの少ないはずの路地から、大型のトラックが制御を失ったような音を立てて突っ込んできた。
前回見た男性のような人はいない。しかし、今はそんなこと思ってる場合じゃなかった。視界がスローモーションになる。
忘れ物を取りに戻ろうと振り返った凛の、驚きに目を見開いた顔。
「あ」という小さな声。
花音は雄叫びのように悲鳴を上げた。花音の叫びは、またしても冷たいアスファルトに吸い込まれていった。
凛の体が宙を舞い、静止した。
花音の意識は、猛烈な吐き気と共に再び闇へと引きずり込まれた。
「……っ、げほっ、ごほっ!!」
激しい動悸と共に、花音は自分のベッドで目を覚ました。
冷や汗が止まらない。手足が氷のように冷たい。
「……三回目……。また、守れなかった……」
カレンダーはまたしてもあの日の朝に戻っている。
けれど、花音は起き上がろうとして、奇妙な違和感に気づいた。
体が鉛のように重い気がする。いや、それだけではない。
いつも通り制服に着替えようと鏡の前に立った花音は、自分の指先を見て息を呑んだ。
指の先が、まるで古い写真のように、ほんの少しだけ透けている。
「……何、これ……?」
慌てて鏡を凝視する。
顔は確かに自分だ。けれど、肌の質感がどこか希薄で、鏡に映る自分の姿が、背景の壁に溶け込んでいるように見える。
そして、机の上にある『繰り返す夜の書』。
その本は昨日より、字が鮮明に輝いてるように見えた気がする。凛を救うたびに、この世界から花音という存在が消えていく。
それでも、凛が死ぬ運命を書き換えることはできない。
絶望が部屋を満たす中、遠くで登校を告げるチャイムのような音が聞こえた。
四度目の朝が、始まろうとしていた。
コメント
7件
やっぱり何度見ても書き方が好き。同い年か疑うレベルにすごい。比喩と情景描写が小説風すぎて好き、めっちゃ好きです、以上😇