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両片思いをこじらせている二人の話。

59話

59

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2022年10月17日

#青春恋愛#コメディー#甘々

第59話 「気まずい記憶」

「――やはり、篠塚くんにも聞いてもらったほうがいい」

重い空気の中、夏実の父親が口を開いた。

「! ま、待ってお父さん!」

「!」

今までじっとしていた夏実が声を上げる。

あまりの勢いに、京輔は何も言えなかった。

「あたしがはな」

「夏実は黙っていなさい」

「!」

低い声に切り捨てられ、夏実の肩がびくりと動いた。

(この空気……ただ事じゃない……)

二人の様子に、思わず京輔の身体にも緊張が走る。

「お父さんが説明する」

「……」

有無を言わさぬ様子に、ついに夏実も黙る。

(一体、何があったんだ……?)

そう思うと同時に、夏実の父は話し始めた。


「なんだろ……宅配便?」

首を傾げた夏実が、玄関に向かう。

扉の覗き窓から、扉の前を確認した。

「……」

そこには、スーツ姿の父親が立っていた。

「お父さん……?」

今日訪ねてくるという話は聞いていない。

それでも、相手がわかっている以上、夏実には「この扉を開けない」という選択肢は思い浮かばなかった。

「どうしたの?」

「ああ、少し近くまで来たからな……顔を、見て帰ろうと思ったんだよ」

扉を開け、父親と相対する夏実。

そして父親の声を直接聞いて、突然気が付いた。

(あ……部屋の中……本出しっぱなし……!)

なぜ、扉を開ける前に気づかなかったのか。

その後悔が、夏実から冷静な判断力を奪う。

「……どうかしたのか?」

「へ?」

「……」

「な、何でもないよ……」

「……」

精一杯の平静を装った言葉だが、ふと夏実の父は口を閉ざす。

少しして。

「……篠塚くんが、来ているのか?」

「!」

冷静さを欠いた今の夏実には、その発想はなかった。

だからこそ、ちょうどいい――そう思ってしまった。

「そ、そうなんだ!」

(だから、帰って!)

客人がいれば、すぐに引き下がるうだろう。

そう咄嗟に、自分の都合のいいように考えた結果。

「――そうか。なら、挨拶をしていこう」

「!」

夏実の父がそう言ってくることを、予想できなかった。

「邪魔するぞ」

「ちょ、ちょっとお父さん……!」

しかも靴を素早く脱ぐと強引に玄関から部屋の中へすり抜けていく。

それはまるで、何かを確信するような――夏実の動揺を見抜いているかのような動きだった。

「待って……!」

夏実の制止の声など聞こえないとばかりに、父親は奥へ進む。

(待ってまってまってほんとまずい! これまずいって!)

頭の中がぐるぐるする。

そんな状態でも、何とか夏実の父の後ろに追いついた。

そして。

「……」

テーブルの上に、まるで戦利品を愛でているかのように並べられた本の数々。

その表紙は、いずれも男女が半裸、そうでなくてもどこかアヤしげな雰囲気で絡み合うものばかり。

絵のタッチや、男女の配置や構図から――なんとなく女性向けとわかる表紙たち。

「……っ」

処分しようと思っていた、と夏実が主張したところで、今現在これを所有しているという事実は変わらない。

だからこそ、夏実の口から言い訳や取り繕う言葉は出てこなかった。

「――これは、何だ」

「っ」

さらに、父から発せられる冷たい声に縛られてしまい――


夏実の父が話し終わり、部屋がしんと静まり返る。

「……」

すべて話を聞いた京輔は、ただぽかんとしていた。

(夏実の部屋に、エロ本……)

ちら、と盗み見るように夏実に視線を送る。

「っ……」

膝の上に置いた両方の拳をぎゅっと握り、俯いた顔は真っ赤。

心なしか、プルプル震えているようにも見える。

(なんだこの、エロ本をお母さんに見つかって気まずい思いをしている息子みたいな状態……)

口が裂けても言えないことを、京輔は内心でつぶやく。

もちろん、京輔も実は経験済みだった。

母ではなく、姉だったが。

それはともかく。

(でも……やっぱり、嫌だったわけじゃ……なかったんだな……)

思い出されるのは、自分が近づいたときの反応や、「嫌なわけじゃない」と自分の意思を伝えてくれたとき。

(……自惚れすぎかも、しれないけど)

――京輔からしてみれば、そのエロ本の存在は、自分と先に進むための教材のようにしか思えなかった。

(……そういうのに、ちゃんと興味があるってことは……次は、もう少し押しても……勉強もしてくれてたわけだし……)

頬が緩みそうなのを、京輔は必死にこらえた。

(って、違う! 今はそれどころじゃない!)

何とか煩悩を振り払い――なぜ、夏実が家に引きこもらなければならなくなったのか、そのことに意識を向けた。

京輔からすれば、彼女が頑張ってくれた証拠でもある出来事だったわけだが――この、異様な執着のある夏実の父からすれば、また違う意味を持つらしい。

京輔は、口を開いた。

「……それで、その出来事の後……夏実さんを、家に連れ帰ったんですか」

あくまで否定的にではなく、事実を確かめるように。

その言葉を聞いた瞬間――夏実の父の表情が一気に険しくなった。

まるで――汚らわしいものを目の前にしているかのように。

「淫乱な女に育った娘を、一人にはしておけない」

次回へつづく。

両片思いをこじらせている二人の話。

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