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「樹さん、私のこと、本当に心配してくれてるんですね。ごめんなさい、私がまだ不安定だから……」
「……もうすぐ着く」
樹さんからは、その言葉しか返ってこなかった。
何を話せばいいのかわからない。
樹さんは、次々に言葉が出てくる柊君とは全然違う。
1つ1つの言葉を慎重に、そして、大切に……つむぎ出してるように感じた。
「着いた」
「うわぁ、すごいです! 素敵……」
車から目の前に広がるパノラマの夜景。
夜の暗闇の中、宝石を散りばめたみたいにキラキラしてる。
一瞬、胸がキュッとなって涙をこらえた。
高台にあるこの場所は、とてつもなく静かで、住宅もなく他に車もいない。
完全に2人きりだ。
「こっちに帰ってきていろいろ探した。ここなら誰もいないし、ゆっくり夜景を楽しめる」
「樹さん、この場所をわざわざ探してくれたんですか?」
「夜景……見たかったから。なかなかこんな機会ないしな」
「ありがとうございます。すごく素敵です」
「ああ。こんな夜景、今までゆっくり見る余裕がなかった」
「忙しかったですもんね。樹さん」
本当にこんな素敵な場所、よく見つかったなって思う。
「お腹空いただろ」
そう言って、樹さんは、後ろのシートに置いてあるボックスから何か取り出して、私に渡してくれた。
「少し冷めてるけど」
ハンバーガー、触るとまだ温かい。
「悪いな、こんなもんで」
「い、いえ、とんでもないです。すごく美味しそうです」
樹さん、さっきフロアに遅れてきたのは、これを買いにいってくれてたからなんだ……
嬉しい……
何気ない優しさが、ただただ嬉しかった。
「クリスマスイブだし、普通なら高級レストランで食事とかなんだろうけど……。悪いな。俺はこういう方が好きだから」
「私もハンバーガー大好きですよ。それに温かくて嬉しいです。これ、保温ケースですか?」
「ああ、昨日買った」
ハンバーガーを食べながら、樹さんが言った。
この人、本当に優しいんだな。
人の気持ちを考えて、自然に行動できるんだ。
「もうすぐだな。食べたら、コート着て」
もうすぐって……何だろう?
何が始まるの?
期待に胸を弾ませて、コートを着て、手袋にマフラーで、私は車外に出た。
2人並んで、ガードレールの前に立った。
「あと、2分」
「何か始まるんですか?」
「もうすぐわかる」
そして、樹さんが言った通り、ちょうど2分後にサプライズが始まった。
空にとても綺麗な大輪の花が咲いた――
「うわぁ、花火だ」
あまりの感動に思わず叫んでしまった。
「冬の花火。これを柚葉に見せたかった」
色とりどりで鮮やかな花火が、次々に咲き、あまりの美しさに目を奪われた。夜景の上空にいくつも広がる花火に感動が止まらない。
あの日、私は、柊君と夜景を見ることができなかった。
その代わり、今、こんなにも素敵な時間を過ごすことができている。
私のズタズタに傷ついた心をい優しさで埋めてくれる樹さん。その温かい思いやりを、私は痛いほど感じて、嬉しくて涙が溢れた。