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玄関の音がしたのは、夜というより朝に近い時間だった。時計は4時ちょうど。
「……おかえり」
ソファで起きてたぜんいちが、低い声で言う。
マイッキーは一瞬だけ目を合わせて、すぐ逸らした。
「ただいま」
それだけ。
上着を脱いで、水飲んで、何事もなかったみたいに通り過ぎようとする。
「どこ行ってたの」
止めるように、ぜんいちが聞く。
「……ちょっと」
「“ちょっと”で4時?」
「いいじゃん、オフだし」
その軽さが、ぜんいちの中で何かを切った。
「誰と」
「……」
「誰と行ってたの」
マイッキーは黙ったまま、答えない。
それが一番よくなかった。
「なんで言わないの」
声が震えてるのを、ぜんいちは自分でも分かってた。
「隠す必要ある?」
マイッキーが困った顔をする。
「別に、隠してるわけじゃ……」
「じゃあ言ってよ」
一歩近づく。
距離が近い。近すぎる。
「俺さ」
ぜんいちはマイッキーの袖をぎゅっと掴んだ。
強くはないけど、離す気がない掴み方。
「待ってたんだけど」
「連絡もなくて」
「一人で勝手に色々考えてさ」
マイッキーの肩が少し強張る。
「ぜんいち……」
「誰といたの」
「楽しかった?」
「俺いなくても平気だった?」
質問が止まらない。
答えを求めてるというより、不安を吐き出してるみたいに。
「ねえ、なんで黙るの」
目が潤んで、でも逸らさない。
「俺だけ置いてかれるの、嫌なんだけど」
「しかも…初めてじゃないよね」
しばらくして、マイッキーが小さく息を吐いた。
「……一人で考え事してただけ」
「誰とも会ってない」
「ほんとに?」
「ほんと」
ぜんいちはしばらく疑うように見つめてから、力が抜けたみたいに袖を離す。
「……言ってよ」
声が弱くなる。
「勝手に消えないで」
マイッキーは少し迷ってから、ぜんいちの頭に手を置いた。
ぽん、って。
「不安にさせてごめん」
「でも、乱暴に詰められるのはちょっと怖い」
その一言で、ぜんいちは完全に我に返る。
「……ごめん」
「嫌だったよね」
マイッキーは首を振る。
「嫌じゃないけど」
「心配されるのは、分かる」
それから、ぜんいちを抱き寄せる。
強くない、でも逃げ場のない距離。
「俺はちゃんと戻ってくるよ」
「ぜんいちのとこに」
ぜんいちは黙って、服を掴み返した。
「……次は連絡して?」
「しないと、また壊れる」
マイッキーは苦笑して、
「はいはい、気をつけます」って言った。
夜明け前、二人だけの静かな部屋。
不安も独占欲も、全部ひっくるめて一緒にいる時間。そして、油断しているぜんいち。