『天から降って来た水には天使が宿ってるんだよ』
可愛らしい小さな幼子の声。 いつか聴いた、教えてもらった言葉。
ふと、思い出したのは雨が降っているからだろうか。
音を立てて傘に落ちる淑やかに優しい雨は自分の過去を思い出させる。
決して過去は優しくはないのに。
あぁ。嫌だな。思い出したくない。 嫌なことは、痛いことは思いだしたくない。
過去なんてないんだ。僕にはない。存在しない。
そう、言い聞かせることでしか過去を忘れられない。
そんな僕の中に思考を寄せていないとしても出てくる言葉が脳内で再生される。
『お前があの日死んでいればっ、なぜ◻︎◻︎でなくてお前が生きている‼︎』
御免なさい。僕が生き残ったから。 僕が死ねば、僕が死ねば、あの子は生きていたのに。
御免なさい。御免なさい。御免なさい。御免なさ…「やぁ」
そう、恐怖に飲まれた僕に後ろから声をかけられた。
その登場は僕を救うようで、救済者のような優しさを帯びていた。
反射的に振り向く。 そこにいたのは…艶やかに輝く綺麗な髪を持った天使だった。
その顔はまるで、まるで…彼のようで。 …あ、え?。生きてるの?死んでなかったの?
いや、天使になったの? 雨になって落ちてきたの? そんなことないのに、疑問を抱いてしまう。
「僕は天使のサティス。迎えに来たよ。東雲 蓮兎君。」
…サティス。 …◻︎◻︎君じゃないの? …そりゃそうか、彼が生きているはずがない。
それに、髪色も瞳の色も違うじゃないか。
「君は死んじゃったんだよ。心当たりはあるだろう」
うん。あるよ。だって僕は自分で死を選んだのだから。 そもそも今いる場所が物語っている。 高い高い鉄骨の上。 そこは水平線をも見えるその高さは僕が自殺に選んだほどにお墨付きだ。
そんなことはどうでもいい。 希望を捨てられなくて、僕は問いかけてしまった。
「君は、◻︎◻︎君じゃないの?」 その問いが僕を苦しませることになっても。
「…僕は◻︎◻︎なんて人間じゃないよ」
その言葉は、優しさを感じられたが、僕の心のひびを拡大させるだけだった。
…天国にはいないよね。◻︎◻︎君。君は僕と同じで地獄に落ちるはずなんだから。
幸せになってるかな。だめだよ、だめだよそれは。 僕のために死んだのに、僕を置いて行った彼は最も悪人で残虐だ。 彼は僕を救って、僕を簡単に突き放した。 なぜ死んだの。なんで置いて行ったの?死ぬなよ。庇うなら。 君が残って僕の死を悲しんでよ。 色々な思考をめぐらせる僕に天使は言った。
「…ねぇ、◻︎◻︎君って、…君の名前じゃないか。君のために蓮兎と呼んであげたけど…君の名前は……佐久だろう?」 …あぁ。そうだった。そうだった。 無くしたかった、思いだしたくなかった、信じたくなかった記憶が蘇る。
「佐久。大好きだよ」僕を突き放す前に蓮兎が僕を呼ぶ。
あ、ああ。
◻︎◻︎は、佐久は、僕だ。本当に死んだのは…蓮兎だった。
「…はい。僕の名前は佐久、化野 佐久です。」
「…思いだしてくれてよかったよ。…蓮兎君待ってるよ。天国でずっと」
さぁ、行こうか。
そう言いながら天使は天国へと手招く。 …待ってて。蓮兎。僕、今から行くから。
やっと、会えるよ。蓮兎。 あの日、僕が殺した相手。 脳裏に浮かぶのは死体となった彼だけ。
ごめんね。天使君。僕は、本来地獄行きなんだよ。 人を殺しているからね。
あの日、蓮兎を迎えに来た、君の手帳を弄らせてもらったんだ。 あの時書いてあったんだよ。
『化野 佐久 重要危険人物より、東雲 蓮兎に近づけるな』ってね。 ごめんね。
上辺だけだけだけど本当にごめんね。
…………大好きな人に会える嬉しみで僕は満面の笑みを浮かべた。
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