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クロードを先頭に、一行はダンジョン内を歩く。
狭い土壁の通路。
クロードの後ろにフリッツが続き、彼の護衛を兼ねたリオネルとシリルがその両脇を固める。レジーナとエリカは少し離れて並び、最後尾、殿をアロイスが務めた。
この並びになるまで一悶着あった。
「守られるだけなどごめんだ」と、フリッツがクロードの後を譲らず。リオネルも「エリカをこの手で守る」と主張したからだ。
しかしそれも、「魔物は全て引き受ける」というクロードの一言で、決着した。
そしてその宣言通り。クロードは現れた魔物を瞬時に倒してしまう。
おかげで、特に足止めされることもなく、レジーナたちはただ黙々と歩き続けるだけで良かった。
やがて、通路の先に開けた空間が見えてくる。
クロードが足を止めた。
「……中を確認してくる」
皆を置いて、広間のような場所へ足を踏み入れる。
やがて、中から魔物の雄たけびが聞こえてきた。
「アロイス、二人を!」
「エリカ、隠れているんだ!」
駆け出したリオネルとフリッツ。その後にシリルが続く。
止める間もなく、三人の姿は広間へ消えていった。
レジーナたちは彼らの後を追う。曲がった通路の先、広間の入り口で足を止め、中を覗き込んだ。
(……猿?)
紅い毛皮の魔物。二足歩行だが、人間よりふた回りほど小さい。
それが、広間中を埋め尽くしている。
縦横無尽に跳び回る魔物を、クロードたちが薙ぎ払っていく。
「……ロックモンキーか、これだけの数を見るのは始めてだな」
アロイスが呟く。
彼の言葉に、レジーナは不安を覚える。
「強い魔物なの? 殿下たちは大丈夫かしら?」
クロードのことは心配していない。
けれど、戦闘に飛び込んでいった彼らは危険なのでは。
レジーナの問いに、アロイスは首を横に振って答えた。
「一体なら、大した強さではない。学園の討伐演習の対象になるくらいだ。……ただ、群れになると、多少、厄介だな」
「それじゃあ、殿下たちは?」
「そうだな。怪我くらいは覚悟すべき、……と言いたいところだが」
アロイスは苦笑した。
「どうやら、その心配はいらないようだ」
いささか呆れたような声。
レジーナは内心で首を傾げた。
アロイスはしみじみと感嘆のため息をもらす。
「……英雄クロード、彼は凄いな。フリッツたちが囲まれそうになると、必ず助けに入る。これだけの数をものともしていない」
クロードへの純粋な賛辞。
レジーナは勝手な誇らしさを感じた。
アロイスが彼を認めてくれたのが嬉しい――
「アロイス様、クロード様はどうして魔法を使わないのでしょう?」
エリカが、広間に身を乗り出すようにして中を覗く。
レジーナは眉を顰めた。
それに気づく様子もなく、エリカは不思議そうに首を傾げる。
「クロード様なら、大規模魔法でまとめて倒せるのではありませんか?」
「フリッツたちを巻き込まないよう、控えているのだろう」
アロイスが答える。
「この狭い空間では、周囲が危険に晒される。ダンジョンも崩壊しかけだ。余計な衝撃を与えたくないのかもしれん」
「あ! だったら、いっそ……」
エリカが閃いたとばかりに両手を打ち合わせる。
「クロード様の大規模魔法でダンジョンを破壊してもらうのはどうでしょう? そうすれば、シリルの転移の魔法が使えるようになるかもしれません」
途方もない発言。
アロイスは苦笑で答えた。
エリカは笑って「後でクロード様にお願いしてみます」とはしゃぐ。
たまらず、レジーナは口を挟んだ。
「クロードは魔力核が傷ついているの。魔法を使えないわ」
だから、余計はことを言わないで――
過剰は期待は、彼に自責の念を生ませる。
レジーナは、彼に「すまない」と言わせたくなかった。
エリカが驚いたように目を見開く。
「魔力核! それは、流石に私も治癒できるかどうか……」
魔力核は人の魔力の根源。
魔力の相性がよほど良い相手でなければ、治癒魔法であろうと他者の魔力を受け付けない。仮に受け付けたとしても、魔力が干渉し合うのだから、互いに何らかの後遺症は残るだろう。
「クロード様のお力になれないなんて……、私、申し訳ないです」
言葉だけは殊勝に、けれど、あっさりと治療を放棄するエリカ。
レジーナは鼻白んだ。
確かに、魔力核を治癒魔法で治したという話は聞いたことがない。
それでも――
「……クロードの魔力核が傷ついたのは、ダンジョン崩壊を防ぐためにコアに魔力を注ぎ過ぎたからよ」
ここに居る皆のために、クロードは自らを犠牲にしたのだ。赤の他人のため。その中には勿論、エリカも含まれる。
だが、エリカは淡々と「そうですか」と答えるのみ。
代わりに、アロイスが呟く。
「我々は、彼に救われてばかりだな……」
アロイスの瞳が眩しそうにクロードを見た。
レジーナの心が静かに満たされる。
クロードの献身が報われた。ちゃんと伝わっている。
「……そろそろ、決着がつきそうだな」
アロイスの言葉に、レジーナは広間に目を向ける。
リオネルが最後の一頭を倒したところだった。
レジーナは彼らが剣を収めたことを確認し、一歩を踏み出そうとした。
その目の前を、エリカが遮るようにして飛び出していく。
レジーナは彼女を避けようとしてよろめいた。体勢が悪く、そのまま地面に転がってしまう。
(……ああ、もう、最悪)
地についた掌が痛い。
それ以上に、レジーナは無様な恰好の自分が恥ずかしかった。
「大丈夫か……?」
羞恥に耐え、立ち上がろうとしたレジーナ。
アロイスの手が差し伸べられる。気遣わしげな菫色の瞳。
レジーナは既視感を覚え、ハッとする。
瞬時に沸き上がる罪悪感。
押し潰されそうになり、レジーナは素っ気なく言う。
「……必要ないわ」
差し出された手から顔を逸らし、立ち上がった。
目の前のアロイスが、困り顔で笑う。
「レジーナ、君にお願いがある」
レジーナは黙って耳を傾けた。
「私たちは協力し合う必要がある。ここを抜け出すまででいい。仲良く、は無理でも、できるだけ支障のないようにやっていきたい」
「……わかっているわ」
(私だって……)
許されるなら、差し伸べられた手を取りたかった。
アロイスと、こんな風に会話できる日が来るとは思っていなかった。
この人がまた、自分に手を差し伸べてくれる日が来るなんて――
(でも、だからこそ……)
「無理よ」
拒絶する。
アロイスが嘆息し、「レジーナ」と名を呼んだ。
レジーナはただ首を横に振って答えた。
アロイスの手はとれない。
この強く優しい人に自分が犯した罪を思うと、近づくことさえ許されない。
レジーナは黙ってアロイスの側を離れた。これ以上、彼を傷つけないために。