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ととせ
橘靖竜
油断していた――
ロックモンキーの掃討完了。
クロードは置いて来たレジーナを振り返る。視界に、地面に手をつく彼女が映った。
血の気が引く。
彼女の元へ跳ぼうとした。
しかし、それより早く、男――アロイスと呼ばれていた――が彼女に手を差し伸べる。
一言、二言。言葉を交わす二人。
見守る中、結局、レジーナは彼の手を取らなかった。
クロードは詰めていた息を吐き出す。
(……?)
どうやら緊張していたらしい。しかし、その理由が見当たらない。
一人立ち上がったレジーナが、アロイスの側を離れる。
クロードはハッとした。
怪我をしたのか。なにか言われたのか。
レジーナが痛みに耐える顔をしている。
すぐに駆けつけたかった。
だが、クロードの感知に複数の魔物の気配が引っかかる。瞬時に意識を切り替えた。
「通路へ後退! サンドワームだ。下から来る!」
「なにっ!?」
警告に、レジーナとアロイス、それから、エリカを連れたリオネルが後退する。
第二王子のフリッツと、シリルという男がその場に残った。
剣を構えるフリッツ。
再度、警告するが、間に合わず。彼の足元の土が盛り上がった。
同時に、クロードの足元からも魔物が姿を現した。
サンドワーム。地中を這いずる大型の環形魔物。
気配に気づいてはいたが、繁殖期以外に地表に姿を現すことは滅多にない。
魔物の習性を過信していた。
(……ダンジョン枯渇の影響か)
自身を飲み込まんと大口を開く巨大な蚯蚓。
クロードは剣を突き立て息の根を止める。
そのまま、今度は、今まさにフリッツを飲み込まんとする魔物の口に飛び込んだ。幾重にも連なる円形の歯列による噛みつきを硬化スキルで無効化し、片手で無理やり口をこじ開ける。空いたもう片方の手に剣を呼び、ワームの上顎から脳天を目掛けて突き刺した。
「――――――――!!」
不可聴の断末魔。
ワームの巨体が地面へ崩れ落ちる。
クロードは衝撃を避け、後方へ跳んだ。後続の気配が無いことを確認し、剣を収める。
(無事、だろうか……?)
ワームの襲撃で地面が大きく揺れた。壁や天井の崩落は免れたが、ワームの撒き散らした土砂や岩が飛散している。
クロードは隆起した地面を越え、レジーナの逃げた通路へ急いだ。前方に、不安げな様子の彼女を見つけ、安堵する。駆け寄ると、彼女の方からも近づいてきた。
「クロード、大丈夫だったの? 魔物に飲まれそうだったけど……」
案じる言葉に、クロードは頷く。
「大丈夫だ」と答えようとした時、レジーナの背後から別の声が聞こえた。
「クロード様、動かないでください!」
声の主はエリカ。
目に涙を湛えた彼女が、リオネルを連れて近寄ってくる。
「今度こそ、お怪我を見せてください。先程、魔物に噛まれた傷を」
「……問題ない。怪我はしていない」
「そんなはずありません!」
クロードは、言葉の通じぬエリカを避け、レジーナの手を取る。
途端、背後で騒がしい声がした。
「クロード様!?」
「おい! 貴様、エリカの話を聞け!」
雑音を遮断。
クロードはレジーナの掌を確かめる。
僅かに、赤い線が滲んでいた。
「……すまない。怪我をさせた」
「止めて。……あんな転け方しただけでも恥ずかしいのに、あなたのせいになんてしないわ。ただの擦り傷よ」
(だとしても、……守りたかった)
痛い思いなど、一瞬だろうとさせたくなかった。この美しい肌に、擦り傷一つ付けたくなかった。彼女に手を差し伸べるのは自分でありたかった。
クロードは悔恨に呑まれる。
レジーナがギュッと手を握り、引き抜こうとした。
クロードは慌てる。
「レジーナ、力を入れては駄目だ。傷が擦れて――」
「分かった! 分かったから、早く手を離して……っ!」
レジーナが顔を真っ赤にして言う。
怒らせただろうか。
彼女の引き結ばれた口元に、クロードは不安を覚えた。
能力ゆえに彼女は人との接触を嫌う。
クロードは「問題ない」と触れてきたが、そも、彼女は未婚の貴族令嬢。
今更ながら、無断で肌に触れた無礼に不安を覚えた。
レジーナへ謝罪しようと口を開いたが――
「あの、レジーナ様も怪我をされたのでしょうか?」
エリカが割って入る。
レジーナは彼女を一瞥し、「かすり傷よ」と答えた。
エリカの眉根が下がる。
「申し訳ありません。レジーナ様のお怪我も私が治して差し上げたいのですが、私、女性の治癒は……」
「知ってるわ。……別に、必要ないから」
「で、でも、ごめんなさい」
そっけないレジーナに、エリカが頭を下げる。
リオネルが口を開いた。
「エリカが謝ることはない」
彼の視線は鋭く、レジーナへ向けられている。
「男と女では身体の構造が異なる。性別や体型によって治癒魔法が効かないなど、よくある話だ」
彼の言葉には苛立ちが滲む。
なにを、レジーナに怒ることがあるのか。
クロードは、分からぬまでも、レジーナを背後に庇った。悪意ある視線を遮るために。
一瞬、リオネルが虚を突かれたような顔をする。が、瞬時に、その瞳に怒りを漲らせた。
何を言うでもなく、クロードは彼と対峙する形となる。
フリッツの声が割って入った。
「おい。いい加減、移動するぞ」
不機嫌を露わにする声。
アロイスが答えた。
「そうだな。……皆、行こうか?」
その一言で、皆が――ゆっくりだが――、動き出す。
クロードは、リオネルがレジーナから離れるのを確かめて、再び先頭に立った。
胸の内に焦燥がある。
(なるべく早く……)
次の拠点まで移動したい。そうすれば、魔物の襲撃を気にする必要もない。ずっと、レジーナの側に居られる。
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