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1.戦い
「院瀬見!この課題の提出期限とっくに過ぎてるぞ!お前だけだぞ出してないの!」
「……」
「ねぇ院瀬見さん!サボってないでこっち手伝ってよ!」
「……」
それからというもの、塩谷は無意識のうちに院瀬見を気にかけるようになった。
しばらく見ていると気づくことがいくつかある。まず院瀬見は一向に喋ろうとしない。たまに口を開いたかと思えば口答えばかり。ああ言えばこう言う。なるほど、ありとあらゆる人たちが口を揃えて「問題児」というには納得の性格だった。
─院瀬見さんってなんなの?ずっと黙ってるし喋ったら喋ったで口悪いし態度悪いし。あの人ほんと嫌いだわ
─でも去年あの人と同じクラスだった友達が言ってたんだけど、1回なんかでブチ切れたときに先生殴って謹慎処分になったらしいよ
─マジ?w キレたら人格変わるとか自分で言っちゃうタイプ?厨二病かよwww
放課後の誰もいない教室の床に落ちていた、授業中に書いて友達同士で回し読みしたであろう紙切れ。誰が書いたのかは分からないが、その一連の文章を読んだだけで周りからの院瀬見の評価がすぐに分かった。
教師からは「問題児」と言われ、クラスメイトからは避けられる。本人もそれを自覚してはいるようだが、治す気はさらさらなく─というかもう聞く耳すら持っていなそうだった。
授業は寝る。稀に起きていたとしてもあからさまに話を聞いていない。教師に対する反抗的な態度や校則フル無視の服装等、挙げればキリがない。それでいて勉強は周りと同じようにできていたので、気に食わないというクラスメイト側の気持ちも分からないこともないが…。
「─次、院瀬見」
その日は毎年同じ時期に行われる教育相談初日。塩谷にとっては今までのトラウマが一気に蘇って襲ってくる地獄のようなイベントだった。ましてやその相手が問題児院瀬見となると、それだけで胃痛がしてくる。
「…なぁ、院瀬見。お前大丈夫なのか?」
「…あ?」
ずっと迷っていたが、ついに言ってしまった。
鋭い目付きで睨みつけてくる院瀬見に物怖じしつつも更に続ける。
「いや、一人暮らししてるって言うから…生活とかしていけてるのか心配に─」
「誰から聞いた?」
気だるいどんよりとした空気から一変、緊迫した冷たい空気に変わった。先程と声色が違う。かかる重みも、強さも全部。
「…2年次のクソ教師に聞きやがったな?誰にも言わねぇっつってたのにあの野郎。そうやってどんどん噂が広まるから周りが騒ぎ立てるんだよ」
「…そんな言い方」
「私の身内のことを広めたのもアイツ。行方不明なだけなのに死んだと勝手に決めつけてきやがったのもアイツ。民間に所属してる私のことを無駄だと笑ったのもアイツ。全部アイツだ。だから殴った。なのに停学とか何様のつもりだ?笑わせんな」
「……」
本当に何故だろうか。不真面目で素行も悪い院瀬見の言うことが、気持ちが不思議と理解できてしまう。信じて待ち続けている大切な人のことを笑われるなんてことをされれば、流石の塩谷も我慢ならない。それが血の繋がった実の家族なら尚更だ。
(─なるほど、境遇だ)
院瀬見は今まで見てきたどの生徒よりも1番自分に境遇が似ている。だから初めて院瀬見のことを聞いた時に心の内が揺れ動いたのだろうし、気持ちが理解できてしまったのだろう。やっと答えが出た。
では、どうやったら院瀬見を傷つけずに塩谷の考えを伝えられるだろうか。僕は君の味方だ、なんて台詞を吐こうもんなら即キレだ。地中に埋まった地雷のような性格をした院瀬見にかける言葉は一体どれが正しいのだろうか。
悩みに悩んだ末、結局その答えは出なかった。
「家族、見つかるといいな」
精一杯に捻り出した言葉は、たったのこれだけだった。
2.発見
瞬く間に時が過ぎ、秋がやってきた。爽やかな風が吹き込む放課後の職員室でパソコン作業を進める。教育相談から早半年。生徒たちはそろそろ本気で進路希望をしなければならない。塩谷はそのための調査票を作っているところだった。
ふと視界の端に目をやると、共用スペースに置いてある小さなテレビの前で人だかりができていた。
「うわ…またひでぇな…」
「ねぇ待って…これって…」
「……」
何だかいつもよりザワついている。それも良くない意味で。気になった塩谷は席を立ち、話題の中心であるテレビを観に行った。
「あの、何観て─」
「…塩谷先生…これ、塩谷先生のクラスの生徒じゃないですか?」
教員の1人が示した方を見て、塩谷は凍りついた。
『一家惨殺事件』『被害者の身元判明』
『院瀬見』
黒く太く表示されるニュースのテロップがやけに酷く、おぞましく見えた。
あの時と同じ絶望感。あの時と同じ、息が詰まるような緊張感。
院瀬見の家族が見つかった。
「院瀬見って3年2組の…」
「親御さん行方不明って話だったけど…こんな姿で見つかるとは…」
気の毒そうにするだけでテレビを観続ける同僚の気持ちが理解できない。学校側からは何も対応をする気がないのか。あまりにも緩すぎる周りの構え方に虚しささえ覚えた。
報道を見る限り、院瀬見家一家は最悪な状態で見つかったらしい。
「……」
本人の次に院瀬見一家の安否を心配していた塩谷だ。ショックを受けないはずがない。
院瀬見に、なんて声をかけよう。
3.院瀬見の取扱説明書
次の日、確実に休むと思っていた院瀬見は何事もなかったかのように登校した。
いつものように、いつも通りに。ただの”問題児”として、変わらぬように。
「院瀬─」
話しかけようとしたが、やめた。事が起こってすぐにその話をするなんて無神経極まりない。第一院瀬見ならまともに取り合ってもらえないだろう。
今すぐにでも話を聞いて支えたい気持ちを抑え、塩谷は平静を装いHRを始めた。
「えー…今日の朝のうちに昨日書いてきてもらった進路希望調査を提出してもらいます。ので、一人ずつ出しに来てください」
生徒たちが自然と出席番号順に並び、教卓に用紙を置いて去っていく。塩谷は次々と重ねられる用紙を見つつ用紙を整えていった。
そこで、ある1枚の用紙に目が留まった。
─院瀬見カザノ 第一志望 デビルハンター
この先の展開はもう既に分かりきっているものだった。
「何ッなんだよテメェはいつもいつも!!」
案の定、塩谷は院瀬見に激しく激昂された。
タイミングが悪かったのかもしれない。そうは分かっていたものの、どうしても素通りすることができなかった。ぐしゃぐしゃにされた跡が目立っていた用紙と、その用紙に残されていた震えた字を見てから、話しかけるのをやめておこうなんて気はなくなってしまったのだ。
院瀬見からはきっと、自分の気持ちを何も理解していない男に突然自身の決断を止められたように見えているのだろう。
(違う、違うんだよ。院瀬見)
「そうやってカッコつけてわざわざ引き留めて!正義のヒーローぶってんじゃねぇよ!!」
(俺はただ)
「偽善者が!!」
(お前に死んでほしくなかったんだ)
もうこれ以上、周りの大事な人を失いたくなかったんだ。
これ以上、お前に傷ついてほしくなかったんだ。
本当に、ただそれだけだったんだ。
ここで「考え直す」と言ってくれたならどれだけ安心しただろう、と塩谷は思う。だがそんな思いも虚しく、その日、院瀬見の決断を止めることは全くできなかった。
院瀬見は何を言っても変わらなかった。それから起こる過酷な運命を映したその目もまた、変わることはなかった。
それからまた5ヶ月。ついに志望を「デビルハンター」から変えることなく、塩谷の言うことを聞くこともなく、院瀬見は高校を卒業していった。