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1.再会
それから何年が経っただろうか。もう覚えていない。塩谷は院瀬見が卒業した次の年に別の学校へ異動してしまった。
相変わらずデビルハンターに進んだ教え子はほとんど辞めてしまったようだ。今はどうしているのか分からない。死んでしまうくらいなら辞める方が塩谷からしてもずっと良いのだが。
「……」
卒業してから院瀬見とは会っていない。ずっと音信不通であるため、どこで何をしているのか、はたまた生きているか死んでしまったかも分からない。同窓会なんぞ開いても来るはずがなく、特別仲のよかった人がいたわけでもないので誰かに所在を聞くことも叶わなかった。
毎年秋になると院瀬見とのあの会話を思い出す。あの時の彼女は、いつの日か悪魔に復讐を誓っていた昔の自分と同じ目をしていた。それくらい生半可な覚悟でないことは分かっていたのだが、それでも彼女を完璧に信じ切ることはできず、いつ訃報が飛び込んでくるか分からないことへの恐怖で怯えていた。
願うことならもう一度だけ会いたい。院瀬見が無事に生きているのか、新たな傷を負うことなく無事にやっていけているのかを知りたい。それさえ知ることができれば…。
キーボードをカタカタと打ちながらパソコンの方に向き直したその時。
「─公安所属の悪魔がそう言ってんだ」
「…!!」
聞き馴染みのある、ずっと探していた声に塩谷は全身の鳥肌を立てた。
「院瀬見…?」
心の声が思わず口から漏れる。
「え」
外へ繋がる職員玄関から聞こえた声の主は、紛れもない院瀬見だった。
2.待ち望んでいた
卒業から数年。今までならばこの間に何件もの訃報を聞いていた。
だが、院瀬見は生きていた。前よりも更に身長が伸びていたり、顔立ちが変わっていたり、していなかった眼帯をしていたりなど、変わったところはいくつもある。それでも間違えるはずは絶対になかった。
院瀬見が目の前にいる。
嬉しかった。純粋に嬉しかった。自分の教え子が命を落とすことなく活躍している。今までにこんなに嬉しいことがあっただろうか。
「やっぱりデビルハンターになったんだなお前は。よくやってるじゃないか」
院瀬見は塩谷自身が元デビルハンターであったことを知らない。それ故に彼女の視点からの塩谷は未だに「自分の夢を貶した偽善者の教師」と見えているはずだ。なのでできるだけ引かれない程度の言葉をかけた。
「公安所属の悪魔」と呼ばれていた黒髪の少女と一緒にいるのを見た時、院瀬見の気持ちを理解してくれる仲間がやっと現れたのだと察して更に嬉しくなった。自身と違って途中で諦めることなく必死に戦い続けていること、なによりそれが塩谷にとって1番の喜びだった。
そんな調子だったから、この直後自分の学校が悪魔に襲撃されるなんてことは思いもしなかった。
3.教え子だったアイツは
「ここは私たちに任せろ!センコーは生徒を連れて安全な場所に!!」
毒を吐く悪魔の襲撃。黒髪の少女は襲撃をなんとなく察知していたらしいが、塩谷たち人間はそんなこと気づきもしなかった。
(あの時1番最初に動いたのは他でもない院瀬見だった。俺は突然の出来事にどうすることも出来ず、ただ突っ立っていた)
生徒を死なせてはならない。ただその一心で、塩谷は言われたままに校内全体の避難を始めた。
(俺たちが外で固唾を飲んでただ見ていたその時にも、院瀬見は第一線で命をかけて戦っていた)
「先生…さっきの公安の人、帰ってくるの流石に遅くないですか…?」
一緒に避難していた生徒に言われて気づいた時、塩谷の心臓は一瞬で跳ね上がった。
安全確保をするのに精一杯で気づかなかったが、院瀬見が校舎に入ってからこの時ですでにかなりの時間が経っているはずだ。
院瀬見が帰ってくることもなければ、悪魔が暴れて校舎が崩れることもない。何より音が全く聴こえてこない。
院瀬見が危ない。
「えっ!?ちょっ!?先生!?」
気づけば塩谷は、校舎に向かって全速力で走っていた。これ以上誰かに大切な命を失ってほしくない。そんな思いで、瓦礫を飛び越え走り抜けた。
4.託した気持ち
3階の一直線に伸びる長い廊下。勢いよく階段を駆け上がり、曲がり角を曲がったすぐそこに悪魔はいた。幸い悪魔は塩谷に背を向けている。
「!」
ふと目線を下に落として気がついた。院瀬見を助けに行こうと踏み出しかけている足が震えている。心臓もバクバクと大きな音を鳴らし、握りしめすぎた手には汗が滲んでいる。
怖いのだと分かった。
家族や沢山の教え子、大切な親友であった竹内と村中を殺した悪魔という存在を再び目の前にして、恐怖しているのだと分かった。
もし倒せなかったら?もし巻き込まれて、自分も死んでしまったら?院瀬見を助けることが出来ず死なせてしまったら?
(…やめろ)
塩谷はそんな思いを掻き消すように目をぎゅっとつぶった。
─悲しむ人間なんていねぇよ!!
あの時院瀬見に言われた言葉が蘇る。
あの言葉を発した時、院瀬見はどれだけ苦しかったことだろう。彼女もまた、周りの大切な人を全員失って迷っていたのだろう。自分がどうしたらいいのか分からず、ただひたすらに悪魔を憎み続けて来たのだろう。在りし日の塩谷と同じように。
「院瀬見!!」
塩谷は再び目を開き、意を決して壁の陰から飛び出した。
「お前が死んだら、俺が悲しむぞ!!!」
5.悲しくない別れ
「センコー、おいセンコー起きろ、寝てんじゃねぇ、おい!」
院瀬見に肩を力いっぱい揺さぶられて目が覚めた。頭が痛い。
塩谷は死ななかった。院瀬見も当たり前のように生きていた。
戦いが終わった。
「先生…!!よかった…ずっと帰ってこなかったから死んじゃってたらどうしようと…!」
外に出た時に駆けつけてきた女子生徒の言葉で、塩谷は泣きながら自分を迎え入れてくれた当時の同級生を思い出した。
「…うん、俺、生きてるよ」
沢山の人たちが守って繋いでくれた命を、塩谷は今生きている。
「センコー、帰るわ」
塩谷が振り向くと、そこに院瀬見が手を軽く挙げて立っていた。
ここで別れてしまえば、次はいつ会えるか分からない。それでも命をかけて戦うと決めた生徒だから、教師はそれを信じて送り出さなければならない。
今までなら別れた後、再会することはまずなかった。竹内も村中も、数々の生徒たちも、信じて待っていたが帰ってこなかった。
でも、院瀬見なら必ず再会できる。次会う時も死なずに生きていてくれるという絶対の自信が院瀬見に対してあった。院瀬見なら、いつか自分や周りの人たちを悲しみのどん底に突き落とした悪魔を倒せるかもしれないと、そう思った。
「じゃ、またな」
塩谷の知っている院瀬見からは想像もできないような優しい声色で、彼女はそう言った。
「…元気でな」
視界が白い光に包まれていった。
5.夢の終わり
塩谷は目を覚ました。
「……」
長い夢を見ていたらしい。すぐ横で目覚ましが鳴っている。随分と長かったから疲れていてもおかしくないのだが、不思議と心が軽かった。
ベッドから起き上がり、朝食と支度を済ませ、明るい外に繋がる玄関の扉を開く。
今日もまた、いつも通りの朝が始まろうとしていた。
「おはようございまーす!先生今日いつもより元気そうだね!」
「…あぁ、今日先生な、長い夢を見たんだ」
「えー、どんな夢?」
「…先生が大切に思って、先生を大切に思ってくれた人たちがたくさん出てきた夢」
番外編 完