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『子供の頃ね、この真っ白な雪に足跡をつけるのが好きだったの。まだ誰の足跡もついてない真っ白のさらさらの雪に』
「へー、あんたらしいな」
私の話に興味が無いのか、彼はポケットに手をつっこんだまま、あー寒っ、と身震いをするだけ。
いつも私の話を聞いていなそうなのに、突然昔した話を掘り返して来たりするからその度にいつも驚く。
例えば、私が好きなアイドルの話をした時。いつも通り、ふーん、と興味のなさそうな反応をしていたのに、数ヵ月後にそのアイドルの曲が流行り出すと、「これ、お前が好きって言ってたやつやん。リーダーのこの子が好きなんやろ、」なんて。
彼はよく掴めない人だと思う。
『運動部はこの時期トレーニングばっかでつまらなそう』
「まあな、体育館空いてる時はたまにフットサルさせてくれるけど」
『ふーん、好きだねえ、サッカー』
良く掴めない彼だけど、トレーニングで部活が前より早く終わるようになったのに、教室で私の部活が終わるまで待ってくれるところとか、普段は歩くのが早いのに私に歩幅を合わせてくれるところとか、背が低い私のために、私が話す時はちょっと顔をかたむけてくれるところとか。
さり気ない彼の優しさが私はたまらなく好きなんだと思う。
あとはこの、彼の前だと素でいられるこの感覚が落ち着く。いい意味で、彼の前だと飾らないでいられるから。
「今は足跡つけるの好きじゃないん?」
『え?』
「さっき、”子供の頃”って言ってたやろ。今は好きじゃないん?」
『あんた、ほんと聞いてないようでちゃんと聞いてるんだね』
「当たり前や」
ほんと、こういうところ。
『今はね、足跡付けるのが嫌になっちゃった。ずっと白いままでいて欲しいなって』
「ふうん、大人になったな」
『汚れちゃったもんなー、私たち』
「は、なんで俺まで」
不満を言う彼は無視して、そっと路傍の雪を手に取る。
いつから、雪が汚れるのを嫌ったんだっけ。
どうして、嫌いになったんだっけ。
この純白の白に映る自分が決して、同じ白ではないと知ってしまったから?
「生まれた時は人間みんな純粋なのにな」
『…うん。今からでも、純粋な頃に戻れるかな』
「もう無理や」
彼は冷たい。彼からしたら何気ない一言だったとしても、いつも吐き出される言葉は冷たくて、でも的を得ているから何も言えなくなる。
悔しい、なんて気持ちも最近ではなくなった。彼のそういうところに惹かれてしまったのだと気づいたから。
『無理、なんて言わないでよ』
「白は他の色が混じったら、二度と真っ白には戻れんやろ」
だから、地上に降りた雪はすぐに泥を吸収して茶色になる。
空から舞い降りてくる雪は、あんなに儚くて綺麗なのに。
『悲しいね、なんか』
「まあそんなもんや」
さっきから踏みしめてきている雪は、水分を含んでほのかに濁った透明色をしていた。
そうやって、真っ白のままでは生き抜いていけないことも知っている。
それでも、
『純粋なままで生きていけない自分がなんだか悲しい』
「純粋なまま生きてける人間なんておらんよ」
彼はそう言って私の頭を撫でた。
雑だけど、どこか愛を感じられる。そんな彼の行動が好きだ。愛がない、なんていじられがちだけど、私は彼の愛も、不器用な優しさも沢山知っている。
『コネシマ、いつも手暖かいね』
「寒くなったらいつでもあっためてやれるな」
なんて言って、大きな声で笑う。
ちょっと恥ずかしいことを言うと、いつもそうやって笑って誤魔化す。
これはきっと、彼の癖。
『ねえ』
彼が私の方を向く。
最近短く切ったばかりの髪の毛がさらりと風に靡いていた。
触ると、つん、とするその髪質も、少し刈り上げたツーブロックも、あとは羨ましいくらいに長いまつ毛だって、私は彼の全部が好きだ。
きっと、私が思ってる以上に、私は彼のことが好き。
『この先さ、真っ白のまま生きてくのは難しいけど、自分なりの白のままでどこまで生きていけるのか知りたいの』
「ほう」
『だからね、ずっと着いてきてくれる?』
「なんやそんなことか」
「言われんくてもな、俺は一生お前に着いていくからな。ってか、俺が引き連れてく側やな!」
彼はまた大声で笑う。
でも、街灯に照らされたその横顔は、確かに赤くて。
ほら、これもまた照れ隠しの癖。
真っ白な路傍の雪と、真っ赤な彼の頬。対象的なその色はなんだか眩しくて。
彼にはその色をずっと手放して欲しくないなと思った。